


【TYPE02】盲目の天使
主人公:アルファ(男)
囮の敵:キャロル(女)
本当の敵:ルーカス(男)
エディ(男)
蔓延した流行病にあえぐ村。感染拡大を防ぐために街道はふさがれ、物資も供給されず、村は餓えと病に苦しんでいた。
そこに、奇跡とも言える知らせが舞い込む。
「盲目の天使」がくる、と。
立ち上がる力もなく、地面に倒れたまま救いを待つ人々の前に、目に布を巻き、
杖をついて歩く女性と、彼女に付きそう男性が現れる。
女性は、杖を男性に預ける。男性が身体を支えて、彼女は祈りの姿勢を取った。
そして、女性の身体から青白い光が溢れ、一つにまとまると、彼女の背中に青白い光を放つ羽が現れる。
人々から畏怖の溜息が漏れる中、彼女が祈りの言葉を呟くと、足下から白い光が溢れだし、村中を覆った。
眩しさから目を開けた人々は、餓えと病でやせ細った自分の身体が、患う以前の姿に戻っていることに気付く。
歓喜し、涙を流しながら、彼女の前にひざまづき、感謝の言葉を口にする人々。
彼女はただ笑って、人々の歓迎も貢ぎ物も辞退し、村を去っていった。
その姿から、人は彼女をこう呼ぶ。
「盲目の天使」キャロル、と。
木陰にキャロルを座らせ、足をさする男性。
疲れてはいないかと問う彼に、キャロルは、「あなたと一緒なら」と笑う。
キャロルの足をさすりながら、愛していると言う男性に、キャロルははにかみながら、
「私も愛しています、アルファ」
アルファは、レイキ研究所の研究員。キャロルは、アルファの妻で、研究助手だ。
◆アルファは、他には替えがたい「大切なもの」を持っている。
それは、レイキとマナに関する研究である。
レイキとは、世界を覆うエネルギーであり、マナは、一般的に魔力と呼ばれているものである。
レイキによってマナを増幅させ、具現化させる方法を研究していた。
具現化したマナを宿した道具は、強い魔力を帯びるようになる。
これによって、魔力をほとんど持たない一般人でも、魔法を使えるようにするのが、アルファの研究内容だ。
魔道を「時代遅れ」と言い、自身の研究が全ての人を救うと信じるアルファ。
どのくらい大切にしているかというと…
寝食を忘れて研究に没頭し、研究室に閉じこもって、キャロル以外とは殆ど顔を合わせない。
研究所内では、アルファは「実は存在しない」説が流れるほどである。
食事も液体栄養を流し込むだけで、キャロルの手料理には、「時間がもったいない」と見向きもしない。
キャロルと結婚したのも、彼女が優秀な研究者であり、強大なレイキとマナを宿しているからである。
キャロルを実験台にし、アルファは論文を書き続ける。
苦痛を伴う実験を行うことさえためらわないアルファ。
魔道研究所の所員エディは、幼なじみでもあるキャロルの身を心配する。
危険な実験は断るべきだというエディに、キャロルは悲しげに首を振って、「研究があの人の全てだから」と言う。
自分が愛されていないことくらい分かっていると言うキャロル。
エディは、「君の結婚は間違っていたんだ」と言う。「もしあの時」と言いかけたエディに、キャロルは微笑みながら遮って、
「人は過去を振り返るとき、神になるわ、エディ。もうよしましょう?」
◆ある日、魔道研究所の所長ルーカスによって、キャロルが研究内容を横流ししていることが知らされる。
レイキ研究所の所長から内密に聞かされ、驚くアルファ。
キャロルに限ってそんなことはありえないと否定するが、アルファの書いた論文の一部が流出していることを知らされ、疑念を抱く。
アルファの研究室の鍵は、アルファとキャロルしか持っていない。
また、論文をしまっている金庫の開け方を知っているのも、アルファとキャロルだけである。
エディの研究室に、差し入れを持って現れるキャロル。
また旦那さんは食べなかったのかい?と言うエディに、キャロルは笑ってバスケットを机に置いた。
あなたが食べてくれるから、無駄にはならないと言うキャロル。
エディは、バスケットの中の料理を食べながら、研究は順調かと聞く。
もう少しで完成すると答えるキャロル。
エディは、「完成したら、大変な事だ」と言う。
今までは、限られた人間のものだった魔道が、一般人にも扱えるようになったら、多くの魔導師が失業すると言う。
魔力を帯びた道具なら、いくらでも金を積む連中はいるだろうと言うエディ。
「さしずめ、金の卵を産むガチョウだな、その研究は」
◆そんな時、何者かによって、アルファの研究室から、完成したばかりの研究論文が奪われた!
◆レイキ研究所に、アルファの研究内容とそっくり同じものが、次の学会で発表されると知らされる。
研究は、先に発表した者に権利が認められる為、このままでは、アルファは研究が続けられなくなる。
◆失ったものを取り戻すために、アルファは立ち上がる。
ルーカスから、キャロルが横流ししている相手は、魔道研究所の所員で、キャロルの愛人らしいと知らされる。
アルファは、密会現場を押さえる為、キャロルの行動を監視する。
何も知らないキャロルは、差し入れを持ってエディに会いに行く。
楽しげな二人の様子に、アルファは、エディがキャロルの愛人だと確信する。
研究所内では人目がありすぎる。二人っきりで会っている場面を押さえようと、キャロルを監視するアルファ。
だが、ある時突然キャロルが姿を消す。
論文が奪われた事はキャロルには秘密にしていたため、アルファは何時も通り研究をしている振りをしていた。
キャロルは、実験に必要な器具を借りてくると言って、部屋から出て行く。
所内にいるものと油断したアルファは、キャロルから目を離すが、キャロルがいつまで経っても戻ってこないことに疑念を抱く。
アルファは、自身のマナを使って、キャロルのマナを捜す。
キャロルのマナの痕跡が、魔道研究所で途絶えていることに気付き、エディのところだと考える。
急いで駆けつけたアルファは、エディの研究室へ向かった。
驚くエディに構わず、論文を返してくれないかというアルファ。
何の事だと問い返すエディに、アルファは溜息をついて、「お互い時間の無駄だ」と言う。
「君がキャロルと通じていることは分かっている。彼女から私の研究論文を渡されただろう?」
アルファの言葉に憤慨するエディ。自分もキャロルも、スパイなどしていないと言う。
だが、アルファはエディの言葉に聞く耳を持たず、何が望みかと聞く。
「金か?名声か?それとも、キャロルが欲しいのか?」
何でもくれてやるから、論文は返してくれと言うアルファ。自分にとっては、研究が全てなのだと言う。
怒ったエディは、馬鹿にするなと言って、アルファに殴りかかる。
だが、アルファは易々とエディの腕を取って、
「レイキが宿主の能力を増幅させることぐらい、時代遅れの君にも分かっているだろう?
キャロルほどではないにしろ、私にもレイキは扱えるのだよ」
論文は何処だと聞くアルファに、エディは唾を吐きかけ、「最低野郎」とののしる。
「キャロルは、お前の為に自分を犠牲にしているんだぞ!彼女がどれだけ傷ついているのか分かってんのか!!」
キャロルがここに来ているのは分かっている。論文を返してくれれば、これ以上は追求しないと言うアルファ。
だが、エディは、「キャロルはいない」と言う。
「ここには来ていない。お前のゲスな勘ぐりにはうんざりだ」
更に、自分には恋人がいて、もうすぐプロポーズするつもりだと話す。
キャロルはいい友達だが、それ以上の関係ではないと言うエディ。
エディの様子から、嘘はついていないと判断したアルファは、キャロルは研究所内に隠れて、様子を窺っているのではないかと考える。
口汚くののしるエディを無視して、
「マナの強さが仇になったようだな、キャロル」
独り言を呟くと、研究所内のマナの痕跡を探る。
マナの痕跡を辿り、研究所内を進むアルファ。エディがその後を追いかけてくる。
ある部屋の前に、微かな痕跡が残っているのを突き止めたアルファは、その部屋に入ろうとするが、エディに止められた。
「ここは所長室だぜ。許可なく入ることは許されない」
何故、ルーカスの部屋でキャロルのマナが途切れているのか、困惑するアルファ。扉をノックするが、返答はない。
エディに構わず、ルーカスの部屋に押し入るアルファ。
部屋の中には誰もおらず、エディは何とかアルファを押しだそうとするが、アルファは部屋中を探り、遂に本棚の裏にある隠し扉の存在に気付く。
スイッチを押すと壁が開き、隠し階段が現れる仕掛けだ。
さっさと降りていくアルファに、エディも慌てて後を追う。
◆そして、ルーカスとキャロルを発見する。
「予定より早かったようだ」と笑うルーカス。キャロルは血まみれになって、椅子に縛り付けられていた。
驚いたエディが駆け寄ろうとするが、ルーカスに制止される。
それ以上近づくと、キャロルの首が飛ぶと言うルーカス。手にはテグスが握られ、それはキャロルの首に巻き付いていた。
どういうことだ?と問うアルファに、ルーカスは笑って、「見ての通りだ」と言う。
「彼女がなかなか口を割らなくてね。君のしつけは完璧なようだな、アルファ」
◆ルーカスは、自身の名声を高めるために、アルファの研究を狙っていたのだ。
キャロルを敵と信じこませた上で、隙をついてアルファの論文を奪ったのだ。
「君達の目は、彼女に向けられていたからね。私が所内をうろついていようと、咎める者はいなかったよ」
論文を奪ったルーカスだが、その内容に致命的な欠陥があることに気付いた。
そして、それがキャロルの仕業であり、彼女が研究を狙う者の存在に気付いていたのだと言う。
「どうしても実験が成功せず、しかも、何故成功しないのか原因は判明しない。なかなか手の込んだ細工だよ」
論文を奪われても、研究成果が出なければ、オリジナルを知るアルファが巻き返すことは十分に可能だ。
キャロルはアルファの研究を守る為に、論文に手を加えていたのだ。
「そこで、彼女に直接尋ねようと思ってね。此処までご足労願ったわけだ」
だが、キャロルはルーカスの要求を突っぱね、頑固に口をつぐんでいた。ルーカスは、キャロルの口を割らせようと、拷問をくわえたのだ。
「忠実な助手だね、彼女は。その忠実さが仇になった訳だが」
キャロルを離せと言うエディに、ルーカスは笑って、「殺しが目的ではない」と言う。
時間はかかるだろうが、論文にどのような手が加えられたか、じっくり研究させて貰うと言うルーカス。
次の学会に間に合わせる自信はあると言うルーカスに、「私の研究だ」と言うアルファ。
ルーカスはにやっと笑って、「ここで一つ問題だ」と言う。
「この奥に、脱出用の通路がある。そこから外へ出て、私は安全な場所で研究させてもらう。勿論、君が向かってきたら、私では歯が立たないだろうがね、アルファ」
ルーカスはそう言ってから、テグスを軽く引く。
「だが、キャロル嬢は虫の息だ。今すぐ手当を受けなければ、命を落としかねな
い重傷を負っている。出血も激しい。それに、私がこれを引くだけで、致命傷を与えることが出来る。さて、どうするかね?」
ルーカスは、ここで私を取り押さえれば、論文は取り戻せるが、キャロルの命と引き替えだ。
キャロルを助けるなら、自分が逃げるのを指をくわえて見ていろと言う。
エディは、懇願するようにアルファを見る。
「頼むよ。あんた、日頃言ってるだろ?キャロルは優秀な助手だって。キャロルがいれば、研究をやり直す事だって出来るじゃないか」
ルーカスはにやにや笑いながら、ゆっくりと部屋の奥へと向かう。
アルファは身動きせずに、ルーカスと、その手に握られたテグスを見つめている。
「キャロルはあんたを愛してるんだ・・・。お願いだ、キャロルを・・・」
ルーカスの姿が消え、テグスがたるんで床に落ちる。
「行ったようだ」と呟くアルファ。エディは慌ててキャロルに近づくと、キャロルの名を呼びかけるが、反応はない。
パニックになるエディに、アルファは「医者を呼んでこい」と言う。
「止血くらいなら、私にも出来るからな」
エディが慌てて出て行った後、アルファはキャロルに近寄り、そっと髪に触れた。
べっとりと血が付くが、アルファは構わずキャロルを抱きしめ、「キャロル」と呟いた。
僅かに身動きするキャロル。唇が震え、何かを言おうとする。
アルファは、キャロルの髪を撫でながら、
「何故、こんなになるまで・・・何故・・・私なんかの為に・・・」
◆駆けつけた医者によって、キャロルは病院に担ぎ込まれる。
エディは手術室の外で苛々しながら、姿を消したアルファを待っていた。
手術が終わり、医者が出てくる。駆け寄るエディに、一命は取り留めたと言う。
「旦那さん?」と聞かれ、違うと答えるエディ。
キャロルに会えるかと聞くエディに、今は絶対安静で、面会は出来ないと告げる。
そこに、アルファが現れた。手には黄色いガーベラの花束が握られていた。
何処に行っていたと怒るエディに、アルファは「キャロルの好きな花なんだ」と言う。
病室に入ろうとするアルファを、医者が引き留める。
今は駄目ですと言う医者に、アルファは「キャロルが待ってる」と言う。
安静にしてなければいけないと言う医者に、「だから?」と聞き返すアルファ。
アルファのただならぬ様子に、医者もエディも思わずひるむ。
アルファは構わず病室に入っていった。
全身に包帯を巻いたキャロルが、ベッドに横たわっていた。
アルファはキャロルに近づくと、枕元に花束を置く。
「君の好きな花だよ、キャロル」と言って、キャロルの顔にそっと手を置いた。
もう大丈夫、私がついているよと言いながら、愛しそうにキャロルの頬を撫でた。
アルファは、キャロルを自宅に連れ帰ると言う。
今は動かしてはいけないと言う医者に、「だから?」と言うアルファ。
エディも、無茶をするな、と止めるが、アルファは「キャロルを連れて帰る」とゆずらない。
「キャロルの命に関わるんだぞ」と言うエディに、アルファは「気安く名前を呼ぶな!」と叫ぶ。
「彼女は私の妻だ!私のものだ!!お前達には指一本触れさせない!!」
気が触れたのでは、と言う医者。エディは力無く首を振って、「キャロルを助けてやってくれ」と言う。
アルファは冷たい視線を投げると、「当然だ」と言った。
「キャロルは私の妻だ」
自宅に戻ったキャロルは、アルファの献身的な介護で、徐々に回復する。
だが、医者からは、目と足は元に戻らないと告げられていた。
目は完全に潰されており、足も神経がやられていた。リハビリで或る程度の回復
はするだろうが、一生杖は手放せないだろうと言われる。
ある日、アルファはキャロルを安楽椅子に座らせ、暖炉に火をおこす。
「少し冷えるね」と言うアルファに、キャロルは、今日は何日かと聞く。
次の学会が迫っているのに、迷惑を掛けてしまったと謝るキャロル。
だが、アルファは笑って、「そんなに焦る必要はない」と言う。
それより、もっと重要な話があるというアルファに、キャロルは「どんなことでも」と答える。
アルファは膝をつくと、キャロルの手を取り、「結婚してください」と言う。
戸惑うキャロルに、アルファは笑って、「君は「イエス」と言ってくれればいいんだよ」と言う。
「イエス」と答えるキャロルに、アルファは「誓いのキスを」と言って、キスをする。
これで夫婦になったと笑うアルファ。暖炉に近づき、上に置いてある紙を火にくべながら、
「新婚旅行は何処に行こうか」と言った。
「暖かいところがいいな。君の療養も兼ねて、ゆっくりしよう」
研究はいいの?と問うキャロルに、君がいる、と答えるアルファ。
「私達の使命は、全ての人を救う事だ。そうだろう?焦らなくていい。君がいればいいんだ、キャロル。君さえいれば」
アルファの言葉に、喜ぶキャロル。頬を赤らめ、「私も、あなたがいてくれればいい」と答える。
アルファは、暖炉の上から紙を取っては、ひねって火にくべた。
それは、アルファの研究内容が記された論文やメモであった。
「愛しているよ、キャロル。永遠に」と言うアルファ。キャロルも、「私も、愛しています」と答えた。
◆馬車で学会の開かれる会場へと向かうルーカスは、自信に満ちあふれていた。
あれから、アルファの論文に加えられた細工を見つけ、ついに実験を成功させることができた。
風の便りに、アルファがレイキ研究所を辞め、キャロルを自宅で介護している事を聞く。
ライバルが消えた事を喜ぶルーカス。満ち足りた気分で、論文の内容をチェックしていた。
すると、突然馬のいななきが響き、馬車が止まってしまう。
「何事だ」と問いかけるルーカスだが、御者は答えない。
いぶかしんで馬車を降りようとしたルーカス。扉が開き、手をさしのべられる。
その手を取ろうとして、ルーカスは凍り付いた。扉の外にいたのは、やけに無表情なアルファだったのだ。
慌てて反対側から逃げようとするルーカスだが、アルファの手がルーカスの腕をつかみ、馬車から引きずり下ろす。
ルーカスの目に、無惨に引き裂かれた御者と馬の残骸が映った。
「助けてくれ」と叫ぶルーカス。アルファはルーカスの方を見ようともせず、
「私の罪・・・私に与えられた罰・・・」と呟いていた。
廃屋に連れてこられたルーカスは、柱に縛り付けられ、猿ぐつわを噛まされていた。
必死で身をよじるルーカスを無視して、アルファはナイフを取り出す。
「私のキャロル・・・私の可愛いキャロルは、どれだけの苦痛を耐えたのでしょうね?」
恐怖に目を見開くルーカス。アルファはルーカスの指をとると、
「まずは爪から、かな。キャロルの爪は、全てはがされていましたよ」
ゆっくりと、ナイフを爪に差し込む。
ルーカスのうめき声に、アルファはぼんやりと視線を向けて、
「キャロルは叫びましたか・・・?命乞いをしましたか・・・?可哀想なキャロル・・・。
キャロルは天使なのです・・・。汚れを知らない天使・・・」
アルファは、淡々とルーカスの爪をはぎながら、
「そう・・・キャロルは天使なのです・・・。懲罰の天使・・・私の、罪の証・・・」
幸福に胸を膨らませ、キャロルは夫の帰りを待つ。
アルファの言葉が、彼女にこの上ない喜びを与えていた。
キャロルは考える。彼は、「私達の使命」と言った。彼の使命、「全ての人を救う事」。それを、「私達」の使命と言ったのだ。
「君がいればいいんだ、キャロル」。私は、彼に必要とされている。彼に認められている。
キャロルは、満足の深い溜息をついた。
今、キャロルのレイキとマナは、これまでにないほど増加していた。
肉の苦痛は、そのままマナを増幅させる「儀式」となる。今までのアルファの実験では、手ぬるかったのだ。
自分には、死を覚悟するほどの苦痛と恐怖が必要だったのだ。
キャロルは、ルーカスに感謝していた。心からの感謝だった。
ルーカスがいなければ、アルファがこれほどキャロルを必要とすることはなかっただろう。
キャロルは考える。そう、今なら、彼の使命を全うできる。
各地を「巡礼」し、病や怪我に苦しむ人々に手を差し伸べよう。時代遅れの魔導師や医者が見捨てた人々に。
そして、人は彼の名を知るのだ。彼の名は、最大限の尊敬と畏怖を持って呼ばれるべきなのだ。
私の最愛の人。私は永遠に、彼のものなのだ。
「こんな話がありましたよ・・・。暴力的な夫から逃れようと、策略を立てる妻の話。
彼女の策略は成功し、一旦は夫の手から逃れましたが、逃亡先で事故に遭うのです。
目覚めたときは病院で、彼女は下半身不随になっていた。
車椅子の彼女を迎えに来たのが、逃れたはずの夫。
結びはこうでしたね。彼女は永遠に彼のもの。もう逃れる事は出来ない・・・」
もはや原形をとどめていない肉塊をナイフで切り裂きながら、アルファは言葉を続ける。
「キャロルは私のものです。私はキャロルのものです。私は、一生彼女から離れる事は出来ない。彼女の存在が、私への罰」
少しずつ、少しずつ、肉をそぎ落とすアルファ。
「私は永遠に彼女のもの。もう逃れることは出来ない・・・」
アルファの目から涙が溢れ、頬を伝っていく。
「ああ・・・キャロル・・・許してくれ・・・キャロル・・・」
キャロルは、安楽椅子に座りながら、うたたねをしていた。
穏やかな日差しと、暖炉の暖かさの中、彼女は幸せな夢を見ていた。
人々の賞賛を浴びて立つ夫。手を挙げて応える彼の誇らしげな顔を、うっとりと見つめるキャロル。
夫は彼女を手招きし、肩を抱いて言った。
「彼女は、私の最愛の妻であり、忠実な助手のキャロルです。彼女がいなければ、私の研究は成功しなかった」
人々の賞賛の嵐。はにかむ彼女に、彼は優しくキスをした。
あなたは永遠に私のもの。もう逃れる事はできない。
