


【TYPE03】影を渡る女
主人公:ミュゼ(女)
囮の敵:ラーク(男)
本当の敵:フェリナス(男)
セラ(男)
降りしきる雨が、容赦なく打ち付けてくる。
地面を流れる雨水が赤く染まる中、ラークはふらふらと彷徨っていた。
「ロシェ、ルカ、返事をしろ。レグラ、ワイアット、何処にいる?
・・・おいおい、いい年してかくれんぼか?」
足を引きずりながら、顔を流れる雨をぬぐおうともせず、ラークは呼び続けた。
「ファスティ、ルル、いい加減にしろよ。ミゼル、お前の提案だろ?
全く、次から次へと、良く考えつくよな」
周囲には、引きちぎられた腕や足、無惨に叩きつぶされた頭が転がっていた。
「ガリアット?お前もか?まさか、イーリーは荷担してないだろ?
子どもじゃあるまいし・・・なあ?」
雨と共に、ラークの頬を止めどなく涙が流れていく。
「いい加減にしろよ・・・隊長命令だぞ、返事をしろ。しない奴は飯抜きだ」
ひきつった笑みを浮かべながら、ラークは死骸の間をうろついていた。
「おいおい・・・皆して、俺をからかって・・・。新手のいじめか?泣くぞ?」
ラークは、ついにその場にへたり込み、かつて部下だった肉塊へと呼びかける。
「ルーティ、ナナ、ワイリイ・・・出てこいよ。今なら許してやるから。
セリスタ、親父さんにいいつけるぞ」
答える者のない呼びかけが、雨の間を流れていく。
「ファリッサ、お前、絶対彼女から叱ってもらうからな。
ラキ、子どもみたいな真似するな。兄さんが知ったら泣くぞ」
救援が駆けつけた時も、ラークは一人一人に呼びかけていた。
繰り返し、繰り返し。
◆ミュゼは、「愛されたい」という欲求を満たすために、ラークの持つ「魔石」を盗んでしまう。
「魔石」は、妖魔の魔力に反応して色を変える性質を持ち、騎士団の団長だけが持つ事を許されていた。
一般兵には目にすることもできず、恋人のフェリナスが、「一度でいいから、魔石を手にしてみたい」と言うのを聞いて、ミュゼは、フェリナスの誕生日にプレゼントしようとした。
ミュゼは、「影渡り」という特技を持ち、影から影へと移動することが出来る。
その特技を使って、ラークの屋敷に忍び込み、「魔石」を盗んでしまったのだ。
だが、翌日演習に出掛けたラーク隊が、妖魔の待ち伏せに遭い、壊滅してしまう。
唯一生き残ったラークは更迭され、処刑人セラの監視の元、離れ小島でひっそりと暮らしていた。
恐ろしくなったミュゼは「魔石」を隠し、フェリナスにも秘密にしていた。
◆ミュゼは他には替えがたい「大切なもの」を持っている。
それは、恋人のフェリナス。
どのくらい大切にしているかというと、フェリナスの「騎士団長になれたら、結婚しよう」という言葉を信じ、彼が早く出世するように、特技を使って城や屋敷内に忍び込み、フェリナスに機密を漏らしたり、ライバルが失脚するよう画策したりした。
その為、フェリナスは異例ともいえる早さで出世し、ラークが更迭されたため、
次の騎士団長になるのは確実と見られていた。
ラークは、読み終わった新聞を二つ折りにすると、無造作に床に放り投げた。
一面に、次期騎士団長候補の顔ぶれが載っている。
にこやかに笑うフェリナスの写真が、赤で囲まれていた。
ラークは、便せんとペンを取り出すと、ペン先を頬に当て、暫く考え込む。
躊躇いがちだった筆運びは、次第になめらかになり、最後の方は殆ど殴り書きのようになっていた。
再度文面を読み返すと、ラークは満足げににっこりと笑う。
便せんを折りたたむと、封筒に入れ、封をする。
次の船はいつだったかと考えながら、ラークは満ち足りた表情で窓の外を眺めていた。
◆ある時、ミュゼに差出人不明の手紙が届いた。
手紙を読んで、悲鳴を上げるミュゼ。
手紙には、ミュゼがラークの「魔石」を盗んだ事、それが原因でラークの隊が壊滅した事を知っている。
この事実を公表されたくなければ、自分の要求通りにしろと書かれていた。
具体的な要求が書かれていない事に、ミュゼは余計に不安になる。
もし、このことをフェリナスが知ったら、彼は自分を許さないだろうと考えるミュゼ。
フェリナスは、前々からラークを尊敬し、彼のような隊長の下で働きたいと言っていたのだから。
◆騎士団長の任命式が目前に迫っていた。
このままでは、フェリナスと結婚出来ない。
ミュゼの家を尋ねてきたフェリナスは、いきなりミュゼを抱きしめると、騎士団長に内定したことをささやく。
驚くミュゼに、内緒だと笑うフェリナス。内々に通達があり、フェリナスに内定したことを知らされたと言う。
「これで、誰に遠慮することなく、君にプロポーズ出来る」と笑うフェリナス。
任命式には必ず来て欲しいと言うフェリナスに、ミュゼは絶対に行くと約束する。
「愛してるよ、ミュゼ」
口笛を吹きながら、上機嫌で帰っていくフェリナスを見送った後、ミュゼは、脅迫者からの手紙をぐしゃぐしゃに握りつぶす。
◆脅迫者を突き止めるため、ミュゼは立ち上がる。
ミュゼは、ラークが自分の盗みを知って、復讐の為に脅迫しているのだと考える。
真相を確かめるため、ミュゼはラークのいる小島に潜入しようと決めた。
島は、週に一度、船便で物資が運ばれる以外は、行く手段がない。
また、船には船員以外乗り込めず、船員は厳しく身元を調べられていた。
ラークのいる小島までは、流石に遠すぎて、「影渡り」でも移動する事ができない。
ミュゼは、船が出る日を調べ、密航する事を決める。
出航前日。
ミュゼの様子がおかしいことに気が付いたフェリナスが、ミュゼを問いただす。
「僕に隠し事をしてるんじゃないのかい?」と聞くフェリナスに、何もない、と
答えるミュゼ。
逆に、私の事を信用してないの?と聞かれ、フェリナスは、そんなことはないと
否定する。
「ただ、君が心配なんだよ、ミュゼ。君は時に、思いも掛けないことをするから」
大丈夫よと笑うミュゼ。あなたに心配を掛けるような事はしない、と言う。
そして、話をさりげなく任命式のことへと持っていく。
フェリナスは上機嫌になり、「任命式には、うんと着飾っておいで」と言う。
「君の事、皆に見せびらかしてやるんだ」
ミュゼはぎこちなく微笑みながら、「楽しみだわ」と言った。
当日。
ミュゼは、船の貨物室に隠れ、小島へと向かう。
密航者の存在など疑ってもいない船員達は、船内の見回りもあっさりしたものだった。
密航したとしても、行き着くのは囚人と処刑人がいるだけの、流刑地なのだから。
小島に着いた船は、手際よく荷物を降ろす。
その様子を、処刑人セラが見守っていた。
黒いローブを纏い、処刑人の仮面を被るセラの姿は、緑の映える小島の中で異様
な雰囲気を放っていた。
船員達はそそくさと船に戻り、出発する。
セラは、荷物を山積みにした荷車を馬につなぎ、島唯一の建物である、ラークのいる屋敷へと戻っていった。
木陰から様子を窺っていたミュゼは、処刑人の姿を見るのは初めてだと考えた。
犯罪者の中でも、特に凶悪な罪人の処刑を任される処刑人は、滅多に姿を現さない。
処刑の際、黒いローブと仮面を付けることから、「死神」と呼ばれていた。
彼らが仮面を付けている時は、王の権限の元、処刑を「執行」することが許されていた。
気紛れな死神、とミュゼは考える。仮面を付けた処刑人には近づいてはいけない、というのが常識だった。
処刑人に見つかったら、自分も只ではすまないと考えたミュゼは、森の中で夜を待つことにした。
荷下ろしを終えたセラは、まっすぐにラークの部屋へと向かう。
「ただいま、ラーク」
ローブを脱ぎ捨て、仮面を外したセラは、顔の右半分が鱗で覆われ、目は赤く、
瞳孔は糸のように細かった。
髪は真っ白で無造作に延ばされ、肩に掛かっている。両腕は鱗に覆われ、長く鋭い爪が指先から生えていた。
「お帰り、セラ。何時もありがとう」
穏やかに答えるラークに、セラは微笑みながら、変わった事はないかと聞く。
「特にないよ。私宛の手紙は来てるかい?」
セラは、何通か来ていると答え、束にした手紙をラークに手渡す。
差し出し人に目を通すラークの様子に、セラは、待ちかねた返事は来たかと聞く。
顔を上げたラークは苦笑して、「待ち人来たらず、だね」と答えた。
夕飯は何が食べたいかと聞くセラに、ラークは微笑んで、
「セラは、何時も私に良くしてくれるんだね・・・」
部屋を出ようとしていたセラは、扉に手を掛けたまま立ち止まって、「処刑人だから」と答える。
「どの食事が最後の晩餐になるか、分からないだろう?」と冷たく言い放って、部屋を出て行った。
森の中を移動し、屋敷に近づくミュゼ。
影の中に身を隠し、外観を眺める。
それは、囚人用にしては、やけに立派な家だった。
ラークの功績を鑑みての事かといぶかるが、ミュゼには分からなかった。
あの処刑人がいる間は、屋敷に侵入するのは危険だとミュゼは考える。
この島に、処刑人の許可無しに立ち入る事は許されない。
見つかれば、ミュゼは処刑されてしまう。
日がゆっくりと傾き、長い影が差し始めた頃、屋敷からセラが出てくる。
その行く先を見守っていたミュゼは、セラが森の奥へと姿を消すのを確かめた。
今がチャンスと、ミュゼは影の中に潜り、屋敷に潜入する。
傾いていく太陽が、ラークの顔に深い影を落とす。
ラークの耳に今も残っている、声。
−−隊長!早く逃げて!
−−いいから!俺に任せて!!
−−隊長・・・あなただけでも・・・
ぐっと拳を握りしめるラーク。
−−きっと、息子も喜んでいるでしょう。
−−彼が望んだ事ですから。
−−いいえ、そんな風におっしゃらないで。
あなたのせいではないのだから
がたがたと身を震わせるラークは、不意に現れた気配に顔を上げた。
扉の側に立っているミュゼを見て、ラークは驚いた顔をする。
「君は・・・」
知っているでしょう?と言うミュゼ。「それとも、顔までは知らないのかしら?」
ラークは、目を二・三度しばたいてから、「ミュゼ?」と問いかける。
硬い表情を崩さないミュゼ。ラークは「君がミュゼなのかい?」と言いながら、満面の笑みを浮かべた。
「ああよかった!来てくれたんだね!!セラは何も言ってなかったな・・・、きっと、驚かせるつもりだったんだろう」
ミュゼは不意を突かれたように驚いたが、懐からくしゃくしゃになった手紙を取り出す。
それをラークに投げつけようとして、手を止めた。
机の向こうから現れたラークは、車椅子に乗っていたのだ。
かつて、数々の武勲を誇った騎士団長の変わり果てた姿に、ショックを受けるミュゼ。
器用に車椅子を操り、ミュゼの側まで来るラーク。
「良かった・・・手紙を読んでくれたんだね?」と、ミュゼの手に握られた手紙に視線をやる。
ミュゼは、はっとして、ラークの膝に手紙をたたきつけた。
「こんな・・・こんなもの・・・」
怒りに声を震わせるミュゼに、ラークは目を伏せて、「すまない」と呟いた。
「君の怒りはもっともだ・・・。でも、どうしてもこれを渡したかったんだ」
そう言って、ラークはミュゼに金の鎖を渡す。
「これしか見つからなかったんだ・・・すまない」
どういうつもり?と言うミュゼに、ラークは視線を落として、
「君の兄さんの形見だ」と言った。
自分に兄はいない、いい加減な事を言うなと怒るミュゼに、ラークは驚いた顔で、
「知らなかったのか?」と聞く。
どういうことよ!と叫ぶミュゼに、ラークは、ミュゼの母は再婚で、最初の夫との間に男の子を産んだと言う。
だが、生活苦から夫と離縁し、子どもは夫の元に残してきたという。その後再婚し、ミュゼを産んだのだ。
でたらめだ、作り話だと言うミュゼに、ラークは首を振って、
「セラが調べた」と言う。
「セラが・・・処刑人が求めたら、全ての情報を開示する義務がある。彼が調べたのだから、間違いない」
そして、その鎖は、ミュゼの兄であるイーリーのものだと語る。
イーリーが何時も身につけていた懐中時計の鎖で、彼の父はとうに亡くなっており、身内はミュゼしかいないと言う。
ラーク隊に自分の兄がいたことにショックを受けるミュゼ。
「嘘よ・・・」と呟くミュゼを、ラークは痛ましげに見やり、
「私のせいで、君はお兄さんを亡くしてしまった・・・。どんなことをしても、償えないのは分かっているけれど・・・」
「嘘!!」と叫ぶミュゼ。いきなりラークを拳で殴りつける。
「嘘よ!!嘘!!兄がいたなんて!!聞いたことないもの!!お母さんはそんなこと、一言だって言ってなかった!!」
嘘よ!と叫びながら、何度も殴るミュゼの手を、ラークはそっと両手で包んで、
「すまない。君はきっと、一度もイーリーに会った事がないんだね・・・?」
ぽろぽろと涙を流しながらうなずくミュゼに、ラークはイーリーとの思い出を語る。
何時もポーカーフェイスを崩さなかったけれど、情に脆い性格で、隊の副隊長を務めていたこと。
隊員達の信頼も厚く、皆のまとめ役になっていた事。
別れた母親を心配していたこと。再婚し、妹か弟がいるらしいと言っていたこと。
「口には出さなかったけれど、会いたがっていた。だから、演習が終わったら、皆で手分けして捜そうとしてたんだ。彼を驚かそうと思って・・・」
演習中の「事故」の様子を聞いていたミュゼは、思わず身を震わせる。
無惨に引きちぎられた遺体は原形を留めておらず、降り注ぐ雨が赤い川を作っていたという。
そして、ラークは何度も隊員達の名前を呼びかけていたのだ。救援に来た騎士達が、無理矢理その場から引き剥がすまで。
「私のせいで・・・すまない」
ラークの言葉に、ミュゼははじかれたように立ち上がり、「違う!」と言った。
「違う!!違います!!あなたのせいじゃありません!!あなたのせいじゃ・・・あなたの・・・」
泣きじゃくり、言葉に詰まるミュゼ。ラークは、ぼんやりとミュゼを見て、
「私のせいじゃない?」と言った。
「あなたのせいじゃ・・・隊長のせいじゃないんです・・・私・・・私が・・・」
泣きながら言うミュゼの言葉を、ラークは聞いていなかった。
焦点の合わない瞳をミュゼに向け、「私のせいじゃないのか?」と呟く。
ミュゼは顔をぬぐいながら、ラークの様子がおかしいのに気づき、
「ラーク隊長?」と声を掛けた。
「私のせいじゃ・・・私の・・・」
がくがくと体を震わせるラークに驚いたミュゼは、ラークの名前を呼びかけるが、ラークの耳には届かないようだった。
何度も「私のせい」と繰り返した後、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
突然ラークは叫び出し、両手で自分の耳を塞ぐ。
「っ!?ラーク隊長!!」
ミュゼの叫びも、ラークの声にかき消される。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ラークは、前のめりになって、車椅子から落ちてしまうが、それでも叫び続けた。
「隊長!!誰か!!誰か来て!!」
必死に叫ぶミュゼ。そこに、セラが現れる。
奇妙に無表情なセラは、床に放り出された手紙を拾い上げ、懐にしまった。
助けを求めるミュゼ。
セラは、叫び続けるラークに近寄ると、ラークの髪をつかんで無理矢理上を向かせる。
そして、「うるさいぞ」と言った。
ラークの生気のない目がセラを見つめる。セラは構わず、ラークを車椅子に戻すと、
「俺の許可なしに声を上げるな。お前は囚人なんだ、ラーク。何をするにも、俺の許可がいる」
機械的にうなずくラーク。「ひどい・・・」と呟くミュゼに、セラは「場所を変えよう」と言った。
「こいつがいると、話ができない」と、顎でラークを示す。
抜け殻のような状態のラークを心配しながらも、ミュゼはセラの後について部屋を出た。
仮面のないセラの顔を、ミュゼはしげしげと眺めた。
随分若い。ひょっとしたら、自分より年下なのではないかと、ミュゼは推測する。
異形の姿をした処刑人。だが、不思議と恐怖感はなかった。
「名前は?」とセラに問われ、ミュゼ、と答える。
そして、先ほどのラークに対する態度は酷い、と抗議すると、セラは溜息をついて、
「お前に指図されるいわれはない。自分の立場が分かっているのか?」と言う。
分かっている、処刑したければすればいい、と言うミュゼ。
再度、ラークに対する態度は酷いと言うミュゼに、セラは、「ああするしかないんだ」と言う。
セラは、ラークは心を病んでいると話す。
「罪の意識が酸のように心を溶かし、彼は廃人になってしまったんだ」
あれでも、大分回復したと言うセラ。ミュゼはショックを受け、言葉を失う。
更にセラは、「本来なら、ラークは処刑される立場ではないんだ」と言う。
演習中の不幸な事故。ラークは、自分の立場で出来るだけのことをした。遺族も、ラークの処刑を望んでいない。
国王と処刑人達の元には、遺族からの嘆願書が、部屋を埋め尽くすほど届いたと言う。
「隊員達は、ラークのことを誇りに思っていた。遺族も、隊員達の気持ちを知っていた。国としても、ラークの功績を考えれば、
数日間の謹慎処分くらいで済ませて良かったんだ。誰も処刑を望んでいない・・・。ラーク本人を除いては」
ラークは、部下を全て失ったのは自分の責任だと主張し、厳罰を求めていた。
だが、誰もが「彼のせいではない」と言い、責める者はいなかった。それがかえって、ラークを追いつめたという。
「だから、此処に来た。外部との接触を断って、ラークを回復させる為に。彼には、「終身刑」だと言ってある。処刑人の許可がなければ、何もしてはいけないと。そうでも言わなければ、自殺しかねないからな・・・」
実際、何度か未遂があったと言うセラ。
ショックを受けるミュゼに、セラは溜息をついて、「兄さんの形見はもらったんだろ?」と言う。
「特別に船を呼んだから、もう帰るんだ。遺族との接触は、今のラークには一番良くない」
自分が来る事を知っていたのか、と言うミュゼに、セラは不思議そうな顔で
「お前から返事が来た」と言う。
「ラークには見せなかったけどな。この文面じゃ、また追いつめられてしまうから」
ミュゼは、自分は出していないと言う。セラは、「お前の名前で来た」と言い、手紙を見せる。
そこには、隊長を責める気はない。兄は隊長を誇りに思っていた。だからご自分を責めないで、という内容が書かれていた。
更に、喜んで次の船で会いに行きますという結びの後に、ミュゼの署名が書かれている。
だが、それはミュゼの字ではなかった。
「私の字じゃない・・・」と呟くミュゼ。「じゃあ、何で来た?」とセラに聞かれ、内容は巧みに伏せつつ、脅迫状がきた事を話す。
てっきりラークかと思ったと言うミュゼに、それはない、と言うセラ。
「手紙の内容は、俺が全部調べるからな」
呆然とするミュゼは、「一体誰が・・・」と呟く。
◆船の到着を知らせる汽笛が鳴り響き、ミュゼはセラにせかされ、船着き場へと向かう。
「ラークには、俺から言っておく」と言うセラ。
ラークに会って謝らなきゃと言うミュゼに、ラークを余計追い込むだけだと言うセラ。
彼の為を思うなら、もう会うな、と言われ、ミュゼは未練を残しながらも、船へと乗り込んだ。
「一体、お嬢さんはいつからこの島にいたんだい?」といぶかる船員。
ミュゼは曖昧に微笑みながら、船員から「退屈だろうから」と渡された新聞を開く。
そこには、フェリナスとミモザ王女の婚約の記事が載っていた。
後ろからのぞき込んだ船員が、「お似合いじゃねえか?え?」と笑い、
「お嬢さんも、こんな色男捕まえないとな」と言う。
記事には、フェリナスが新しい騎士団長になったことと、二人の出会いが「二年前のダンスパーティー」であり、その頃から交際を続けていたことが書かれていた。
ラークは、船影が小さくなっていくのをぼんやりと眺めていた。
扉が開き、セラが新聞を手に入ってくる。
ミュゼの事を尋ねるラークに、「帰ったよ」と答えるセラ。
「彼女には申し訳ないことをした」と、しょんぼりするラーク。もっとイーリーのことを話してあげたかった、と言う。
「また呼べばいいだろう」と、あっさりと言うセラ。
ラークは驚いて、ミュゼを呼んだのは特例のはずだと言った。
セラは、新聞を机の上に投げ出して、王女の結婚が決まったから、恩赦が下るはずだと言う。
ラークは、一面に大きく載っているミモザ王女とフェリナスの写真を見て、にっこりと笑う。
「ああ、あの可愛らしい王女様が。早いものだな」
それから、フェリナスの顔を指さして、知ってる顔だ、と言った。
「以前、入隊を志願してきた若者だよ。ただ、私の隊は十分隊員がいたし、他が人手不足だったからね・・・」
曖昧に笑うと、フェリナスの写真をしげしげと眺め、引き出しからスクラップブックを取り出した。
先日の騎士団長候補の写真と見比べ、「この間のよりいいね」と言った。
「悪い子じゃないんだが・・・。たちの良くない連中と付き合いがあってね。一度、馬鹿な事件を起こしたことがあるんだよ。偽造・・・うん、ちょっとした偽造だ。あまり出来は良くなかったから、すぐにばれてしまって。あの時は、彼の親父さんがもみ消したようだが・・・。まあ、王女と婚約するくらいだから、彼の性根も直ったんだろう」
赤で写真を囲むと、「後で切り取っておいてくれないか、セラ」と言った。
ラークにハサミは渡されていない。凶器になるからと、セラが取り上げているのだ。
更に知った顔の映った写真はないかと捜すラークに、セラはゆっくりと、
「フェリナスと言うのか?この男は?」と聞いた。
そうだよ、と答えるラーク。
セラは、奇妙にゆっくりとした調子で、「ミュゼが、結婚式に、ラークが出席できるか、気にしてた」と言った。
ラークは目を丸くして、「ミュゼが結婚?それは・・・それは驚いたな。まだ子どもみたいな年なのに」
そして、「イーリーが知ったら、さぞ喜んだろうにな」と、淋しげに言った。
無言で写真を見つめるセラ。
ラークは、セラの様子に気が付いて、「セラ?」と問いかけた。
セラは、じっと写真に目を注いで、「婚約者の名前、フェリナスと言っていた」
ラークは、二・三度目をしばたたかせて、「何だって?」と聞き返す。
「フェリナスと言ったんだ、ミュゼが。フェリナスが、騎士団長に選ばれたら、結婚するって」
ラークもまた、のろのろと写真に目を落として、「二年前から、王女と交際していると・・・」と呟く。
「ミュゼは、三年待ったと言ってた。王女より、一年前だな」
「ミュゼが・・・」と呟くラーク。
セラは、ラークの顔から血の気が引き、今度は赤く染まるのを、楽しげに見つめていた。
「ミュゼを・・・イーリーの妹を・・・この男は・・・」
怒りのあまり、言葉に詰まるラークに、セラは満足した猫のような口調で、
「かえって良かったんじゃないか?もう少しで、ミュゼはこの男の妻になるところだった」
ラークは、「とんでもない!!」と叫び、机を拳で叩く。
「イーリーが生きていたら、そんなことは絶対に許さなかった!!こんな・・・こんな男っ!!」
それから、ラークは頭を抱えて、「可哀想なミュゼ・・・」と呟いた。
セラは、奇妙に満足した笑顔を浮かべて、「ミュゼには、誰かついてなきゃあ」と言った。
「彼女は、まだ子どもなんだよ。男のずるさを見抜く目がない。誰かがついて、
道を誤らないようにしないと」
「そう・・・そうだ。可哀想なミュゼ。さぞ気落ちしてることだろうから、誰かが側にいてやらないと」
「ミゼルのお袋さん、それに、セリスタの親父さんもまだ健在だ。ルルとナナには、兄弟姉妹が沢山いたし・・・」
セラの促しに、ラークはうなずいて、
「そう・・・そうだな、ラキの兄さんもいるし・・・。ガリアットの弟は、ミュゼと同じくらいの年じゃないかな?」
「二つ上で、まだ独身だ」
セラの言葉に、ラークは決まり悪げに顔を赤らめて、「そんなつもりで言ったんじゃないよ」と言う。
「でも、今時は物騒だから・・・信頼できる男手があるってのは、いいことじゃないか?ミュゼのお母さんも、もう亡くなっているし」
セラは机に腰掛けると、生気が溢れてきたラークの目を見つめ、
「手紙を書かなきゃあ、ラーク。皆に、イーリーの妹が見つかった事を教えないと」
その言葉に、ラークは顔を輝かせて、
「そう!そうだよ!!すっかり忘れてた!!こんな大事な事を知らせないなんて!!ファスティの姉さんに知られたら、どれだけどやされるか!!」
うきうきと便せんを取り出すラーク。目は輝き、頬に赤みが差す。
「皆喜ぶだろうな。あんなに会いたがっていたのだから。そうだ、皆からミュゼに、イーリーの思い出を話してくれるよう頼まなきゃ」
うっとりと手紙の文面を考えるラークに、セラは満足の笑みを浮かべ、夕飯の支度をしてくると言って、部屋を出た。
フェリナスは、自宅で服を脱ぎながら、上機嫌だった。
全くうまくいった。これで俺も王族の一員だ。
騎士団長にも内定したし、邪魔なミュゼは片づいたし、これで何の心配もない。
口笛を吹きながら、バスルームに向かうフェリナス。
洗面台の上に置いた「魔石」を手に取ると、うっとりと眺める。
ラークみたいな時代遅れのヘボに、これはもったいなさ過ぎだ。こいつは、俺にこそふさわしい。
噂では、ラークは再起不能になったらしい。いい気味だ。俺をコケにした罰だ。
それに、あのミュゼ。しつこい女だった。一度捕まえた男は離さないような女。
しかし、ついていたな。あの女が「魔石」を盗んでくれたからこそ、俺は自分の手は汚さずに、自由の身になれた訳だ。
あの手紙は、我ながら良くできたものだ。あの女は、完全にラークの仕業だと思いこんでいたな。
そして、最後にミュゼに会った時の様子を思い浮かべ、にたっと笑う。
「さようなら、ミュゼ。処刑島へようこそ、ってな」
にたにた笑いながら、フェリナスはバスルームに消えた。
◆「親愛なるラーク様
その後、お加減はいかがでしょうか。
先日の、私の態度をお許し下さい。兄がいたことを、全く知らなかったのです。
今日、セラさんから書類が届きました。母の、最初の結婚証明書と兄の出生届の写しです。
確かに、イーリーは私の兄なのですね。
セラさんが、兄の故郷に小さな家を用意してくれたので、そちらに移りました(本当に親切な方ですね)。
沢山の人が、私を訪ねてきてくれます。皆さんとても親切で、兄さんのお話をしてくれます。
イーリー兄さんが、どれだけ慕われていたか知って、私も誇らしい気持ちです。
それに、隊長、あなたのことも。
ソレアさん(ガリアットさんの弟です)が、皆さんの写真を見せてくれて、兄を教えてくれました。
どことなく、母の面影があります。
生きている間に会えなかったのは残念ですが、兄が皆さんと引き合わせてくれたのだと思うと、心から感謝の気持ちで一杯です。
そして、ラーク隊長、あなたに謝らなければならないことがあります。
演習の前日、あなたの屋敷から、「魔石」を盗んだのは私です。
私には、「影渡り」という特技があって、影の中を移動できるのです。
「影渡り」を使って、あなたの屋敷に忍び込みました。
あの日、あんなことをしなければよかった。
「魔石」があったら、妖魔に気づけたはずなのに。兄さんは死ななくてすんだはずなのに。
どうかご自分を責めないで下さい。責められるべきは私の方です。
あなたに「魔石」を返そうと思ったのですが、どうしても見つかりません。
見つかり次第、セラさんに送ります。
私は、一生この罪を背負って生きていきます。
どうかラーク隊長、ご自分を責めないで。
あなたに忠実な ミュゼ」
セラは、手紙を読み終えると、小さくたたんで暖炉に放り込む。
一瞬燃え上がった手紙は、すぐに灰になってしまった。
散りゆく灰を見つめながら、セラは満足げな笑みを浮かべる。
可哀想なミュゼ。悪い男に引っかかったもんだ。
確かに、「魔石」を盗んだ事は罪だ。まして、ラークの屋敷に忍び込むなど。
だが、まあ、大したことではない。それだって、あの男の差し金だし、
彼女は、もう十分苦しんだ。何と言っても、ミュゼはイーリーの妹なのだから。
そして、セラの意識は、懐かしい過去へと帰る。
ラークと初めて会った時の事は、今でも覚えている。
いきなりセラの仮面をはぎ取り、こう言った。
「何だ!まだ子どもじゃないか!」
妖魔の血を引くセラは、肉体の成長が遅い。ラークと同じ年だと言っても、決して信用しなかった。
誰もが恐れる処刑人。だが、ラークだけは違った。
セラの姿にも、恐れることなく接してくれた。最初は警戒していた隊員達も、隊長に感化されたのか、程なくしてうち解けていった。
半妖。
セラの母は、妖魔の巣に拉致され、壊れるまで犯され続けた。
巣穴には、セラのような半妖の子が沢山いたという。多くは、生まれてすぐに死
んでしまったが、セラはかろうじて命を取り留めた。
セラを引き取った老婦人は、目が見えなかった。そして、少し頭がおかしかった。
セラを死んだ息子だと言って聞かず、かいがいしく面倒を見てくれた。
いい人だった。彼女がいなければ、自分はこうして生き延びていなかったろう。
異形の姿故、人の社会にとけ込めないセラは、処刑人となった。
仮面をつけ、決して人前に素顔を晒さず、他人との接触を断ってきたセラ。
そこに、突然ラークが飛び込んできたのだ。
ラークや隊員と過ごした日々。懐かしい思い出。
かけがえのない仲間達。ずっとこのままでいられると思っていたのに。
セラは考える。
機会を見て、ミュゼに騎士団の決まりについて教えてやろう。
任務中は「魔石」の携帯を義務づけられているが、演習中は例外なのだ。
演習場に、「魔石」を持ち込んではいけない。
演習場は結界が貼られており、妖魔の侵入を防いでいる。その結界が誤作動してしまう為、「魔石」を持ち込んではいけないのだ。
万が一妖魔が侵入しても、警報が働き、全騎士団に瞬時に通報されることになっていた。
だが、演習場内に妖魔がいた。
警報も作動しなかった。
これは、結界を貼った魔導師達の怠慢だ。セラは彼らを「処刑」した。
奴らの恐怖に引きつった顔。処刑人に引き渡された時の命乞いの叫びは、最後には死を望む哀願へと変わっていった。
無惨な肉塊となった隊員達と、廃人となったラークの姿に、セラは絶望し、神を呪った。
絶対に回復させると誓い、ラークをこの島に連れてきたのだ。
だから、ラークがイーリーの妹のことを思い出したとき、これは好機だと思ったのだ。
ラークには、世話を焼く対象が必要なのだ。
ミュゼ。イーリーの妹。危なっかしく、悪い男に騙される、馬鹿な女。
盲目的に男を愛する女。ミュゼは、あまりに愛しすぎるのだ。
セラの目的に丁度良かった。それに、イーリーもきっと喜んでくれているだろう。
あんなにも会いたがっていたのだから。
セラは、満ち足りた気分で椅子に体を沈めた。
何、苦しみはすぐに喜びに変わる。ミュゼには、適当な相手をあてがっておいたことだし。
隊員達の身内なら、間違いはない。きっと、思い出話に花を咲かせながら、仲むつまじく暮らす事だろう。
子どもでも出来ないかな、とセラは思う。
そうしたら、この島に呼んでやろう。ラークはきっとてんてこ舞いするだろうな。子どもってのは、片時もじっとしていない。
ラークには世話を焼く対象が、ミュゼには愛する相手が必要なのだから。
◆フェリナスは身支度を整えると、鏡の前で入念にチェックする。
王女の婚約者に相応しい、と満足げな笑みを浮かべる。
今や、自分に怖いものはない。王女と婚約、騎士団長に就任、更に、処刑人とも繋がりが出来たのだから。
あの処刑人、何という名だったかな。まあ、どうでもいいか、死神の名前など。
これからは、目障りな奴は、適当に理由をつけて、あいつに引き渡せばいい。
何、誰も文句は言えないだろう。処刑人に逆らえば、どうなるかは目に見えているのだから。
ああ、それにしても、ミュゼはもったいなかったな。最初は、適当に金でもつか
ませて、愛人にしようと思っていたのだが。
もっと物わかりの良い女だったら、殺される必要もなかっただろうに。
「馬鹿な女だ」
フェリナスは口に出して呟くと、にやりと笑った。
見た目だけなら、王女以上にいい女だった。あの死神は、さぞ良い思いをしただろうな。
だが、仕方ない。人間、欲張りすぎると、ロクなことはないから。
口笛を吹きながら窓の外を覗くと、丁度迎えの馬車が到着したところだった。
王の使者を待たせてはいけない。印象を良くするに越した事はないのだから。
階下にベルの音が響く。執事が対応に出るだろうが、自ら迎えるのも悪くない。
フェリナスは、駆け足で部屋を出ると、階段へと足を踏み出した。
その時、足下の影から細い腕が伸び、フェリナスの足首をつかむ。
声を上げる間もなく、フェリナスは階段を転がり落ちた。
派手な落下の音と、数人の悲鳴が響き渡る中、影から伸びた腕は、音もなく影の中に沈んでいった。
「何やってんだい、ソレア!さっさと中に入って、顔を洗いな!!」
ライラ(ミゼルの母)にどやされ、ソレアは薪割りの手を止める。
額の汗をぬぐいながら、問いかけるようにライラを見た。
両親は既に亡く、唯一の肉親だった兄を亡くしたソレアの面倒を、同じように息子を亡くしたライラは、何かと面倒を見ていた。
「そんなところにつったってんじゃないよ。もうすぐお茶の時間だよ!ミュゼを呼んであるって言ったじゃないか」
ライラは、ソレアの顔に赤みが差すのを、楽しげに見つめていた。
「手と顔を洗って、お菓子の用意をしておくれ。さあさ、行った行った」
のそのそと家の中に入っていくソレアは、まるで大きな熊のようだと、ライラは思った。
兄に似て、無骨で堅物のソレア。だが、兄が勇猛さを供えているのに対し、ソレアは心優しく、小さな虫も殺せない始末だった。
あの子が騎士を目指さなくて良かったと、ライラは考える。ソレアには、庭師が天職だ。
ガリアットや息子のミゼルは、騎士に向いていた。演習中の事故とはいえ、妖魔と果敢に戦い、隊長を守り抜いた彼らを、
ライラは誇りに思っていた。
けれど、一人残された寂しさは紛らわせようもなく、それゆえ、ソレアの行く末を見届けるのが、ライラの楽しみになっていた。
ソレアの中身には太鼓判を押せるライラ夫人も、彼の外見には溜息をついてしまう。
若い女の子は皆、見てくれの良い男に惹かれ、ソレアのように無骨で不格好な男は、存在すら認めていないに違いない。
だからこそ、ラークとセラから、ミュゼの事を知らされたときは、ライラは、これこそ神様の計らいだと喜んだものだ。
ラークは慎重に持って回った書き方をしていたが、セラのはもっとあけすけだった。
曰く、ソレアはミュゼに相応しい男だと思う、と。
ライラも同感だった。セラの手紙に書いてあった、「ミュゼが悪い男に騙された」話は、夫人の怒りと涙を誘った。
ミュゼのような若いお嬢さんには、辛い試練だったろう。だが、若い内は馬鹿な事をしでかすものだ。
だからこそ、ミュゼはソレアの良さに気付くはずだとセラは書いてきたし、ライラも期待した。
だが、初めてミュゼを見たとき、ライラは「あんまりだ」と思った。
ライラが想像していたのは、あか抜けない素朴なお嬢さんだった。田舎娘が都会の悪い男にひっかかるなど、良くある話だから。
でも、ミュゼは違った。ミュゼは美しかった。その名の通りミューズの化身だと、ライラは思った。
ソレアが、一目でミュゼに心を奪われたのが見て取れたので、ライラは急いでセラに手紙を書いた。
いくら共通の思い出があるとはいえ、あまりに望み薄ではないか、かえってソレアを傷つけることになるのではないか、と。
セラからの返事は、「ミュゼは、そこらの軽薄な女とは違う」というものだった。
こんな田舎では、すぐに噂は広まってしまう。まして、ミュゼのような女性は、今までいなかったのだから。
ライラが気を揉む中、ミュゼは、あまたの求婚者達に目もくれなかった。
ライラやソレアと、兄の思い出話をするのを楽しんでいるようだった。
それどころか、ソレアと会うのを楽しみにしているようにさえ、ライラには感じられた。
これが、自分の勝手な期待からそう見えるのか、本当にそうなのか、ライラには見当が付かない。
このまま、二人の中が進展するようにと、ライラはそればかりを祈っていた。
手と顔を洗いったソレアは、服も替えたほうがいいだろうかと考え、自分の部屋に向かう。
ミュゼの事を考えると、息が出来なくなるほどだった。
彼はミュゼに恋をしていた。初めてあったときから、彼女を好きになっていた。
セラから、ミュゼの悲しい出来事を聞いたソレアは、相手の男を八つ裂きにしたい気持ちになった。
セラにその怒りを伝えると、手紙の返事は、「ガリアットがいつも言っていただろう?」だった。
「神の石臼は挽くのはのろいが、どんな小さな粒も見逃さない」と言うのが、ガリアットの口癖だった。
ソレアは、兄が死に、尊敬するラーク隊長が壊れたとき、「神などいない」と思っていた。
だが、新聞に、その男が階段を踏み外し、首の骨を折って死んだことを知ったときは、「兄さんの言ったとおりだ!」と叫んでいた。
確かにその通りになった。あの男は、神の裁きを受けたのだ。
着替えを終えたソレアが、ホットケーキを皿に山盛りにして出てきた時、丁度ミュゼが尋ねてきた。
挨拶を交わし、帽子を脱いだミュゼは、ソレアの腕に手を置いて、
「今日こそは、あなたのお庭の秘密を教えてくれなくては駄目よ。あんなに素敵なバラが沢山咲いて!まるで、神様の庭園のようじゃないの」
顔を真っ赤にし、ぼそぼそと呟くソレアに、ミュゼは微笑み、自分の隣に座らせる。
二人の様子を、ライラは微笑ましく見つめていた。
ラークに二人の様子を報告しなくちゃ、とライラは考える。
きっと喜ぶだろう。それに、彼の病状にもいい影響を及ぼすはずだ。
そして、ああ、いずれ、ソレアはミュゼにプロポーズするに違いない。
「今から、子どもの名前を考えておきな」
セラのからかうような調子の手紙に、最初は何をふざけているのかと怒ったが、今では彼の言うとおりだと思った。
ソレアとミュゼ。これほど不釣り合いで、これほどお似合いの二人も珍しい。
きっと、隊員達は天国で祝杯をあげていることだろう。イーリーはふてくされているかしら。可愛い妹が他の男に取られるなんて。
だが、これで良かったのだ。
ラークには世話を焼く対象が、ミュゼには愛する相手が必要なのだから。
