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タイトル : あれ
100円を100円たらしめているのは誰か?
「 昭和89年…? 」
俺が拾ったソレは些細ではあるが確かな異様を感じさせた。
ダンボールの城主である私は家族も、語らう仲間も無く日々を流れる世捨て人。
拾った100円は世間に挑戦的だった。
昭和に89年などは無いのだから。
そんなところが俺の心をくすぐったりもする。
三日後、スーツ姿で人当たりの良さそうな男が俺を訪ねてきた。
「 あなたの100円を売っていただけませんでしょうか 」
およそ俺と対極をなすようなその男は言うと、
傍らのケースを俺に差し出す。
意味がわからない。
しかし、俺はケースの中身を確認した。
男にはこの偽造100円が五千万円よりも魅力的であるようだ。
「 これで足りないのなら、もう五千万出しましょう 」
この男が何故、俺が偽造100円を持っていることを知っていたのか?
そして一億円をも出そうとするのか?
普通のヤツラだったら、男の申し出に飛びつき狂喜乱舞するだろう。
当たり前だ、何不自由無い生活が待っている。
理由などは必要ないだろう、忘れてしまう。
だが、魅力的な使い方ではない。
俺はニヤリとわらってキッパリと断ってやった。
断った理由はふたつあった。
ひとつは、金で何でも出来ると思っている輩の断られた時のツラ見物。
制御出来ない事象への苦痛を与える快楽ということだ。
もうひとつは壮大な時間つぶしの為だった。
この百円についてあれこれ考えをめぐらせるのだ。
生憎と俺には暇な時間はいくらでもある。
あえて男からは何も聞かず、空想楽しむのだ。
俺の手の中で100円が魅力で彩られる。
いや、彩りはかげりをみせる。
断られた男の表情はさっきよりも柔和になり、
100円について空想するという行為も楽しめなくなったようだ。
だが、魅力はよみがえる。
スズキと名乗ったその男は俺に言った。
「 あなたは今、新しい世界を買われました 」と。
そしてスズキが懐から取り出し俺に見せたもの。
昭和89年の五十円玉だった。
「 会わせたい人がいます 」
スズキに連れられて俺が来たのは都庁舎だった。
俺はスズキに案内されるままエレベーターにのる。
「 チィン 」
エレベーターを降りると、
スズキは俺に奥の部屋へ進むように言ってどこかへ行った。
俺は奥へと進む。
そこにはこの庁舎の主が座っていた。
しかし違っていた。
世間が知る都知事その人ではなかった。
その人物はマキグチと名乗った。
「 昭和は続いている? 」
マキグチの言っている事は馬鹿げていた。
意味がまったくわからない。
頭がイカレてしまっている。
表向き昭和は終わったことになっているが実は続いていて、
偽造されたものと思っていたこの100円も正規のものだという。
世界はマキグチとごく数人が私的に操作していて、
昭和が終わっていないのはマキグチの気まぐれだという。
このコインは一円から五百円までそれぞれが一年に一枚ずつ作られているという。
紙幣については発行されていないらしい。
つまり俺の持つこの100円は世界に一枚しかないということだ。
更にこの硬貨を手に入れた者は日本を自由に操作する権利を有すらしい。
神になる儀式であり遊びでもある。
真剣に語るマキグチに異様を感じた、マキグチも俺のそれを感じたのだろう。
「 キミも世間側のつまらない生き物なのかね? 」
言われた俺は、
自分がまだまだ常識の枠内に生きる正常な人間であると自覚する。
少し呆けている俺を一瞥し、マキグチは東京のシンボルを指さす。
なにか誰かと連絡するような仕草をすると
赤い鉄塔は爆音をあげて崩れ落ちた。
何時間たってもニュースでとりあげられることはなかった。
そればかりか、無いはずのタワーを中継している番組さえある。
そもそも放送に支障がないのが奇妙である。
俺がだまされているのか?
いや、確かにタワーは崩れ去った。
現場に足を運び確認した。
確実にタワーは倒れている。
マキグチは言葉ではなく行為で示した。
俺は今、夢から起こされたのだ。
あらゆる操作を施しうる場に俺はいた。
「お前にも出来るよ、コレ 」
「 俺は…選ばれたのか? 」
その問いかけに少し退屈そうにマキグチは答える。
「 たまたまだろ 」
今までここに来たのはスズキと俺の二人だけらしい。
俺の住む世界はこんな事故的な偶然によって成り立っていた。
子供の遊びの如く扱われる世界がある…
今まで、この国が無事存在していたのが信じがたい。
いや、無事では無いことに気付いていないだけかも知れない。
俺は初めて感じるこの感情が真に恐怖というものだと知った。
俺がスズキの一億を断れたのは理性がはたらいたからだ。
かつて俺は会社を経営する立場にあり、
当時、一億などいくらでも自由に使えるサイフを持っていた。
やりたいことは全てやりつくした。
そして生きることに飽きていた自分に気付いた頃、
会社は倒産した。
失ったものは多いが、今のダンボール生活が新鮮でもあり苦にはならなかった。
俺は百億の使い方は知っているが、世界の使い方は知らない。
俺は冷静でいられるだろうか…
「 キミは何かしたいの? 」
気だるそうに俺に問うマキグチ。
マキグチは自分を楽しませろと言っているのだ。
俺はマキグチに賭けを提案した。
マキグチには今の自分の地位全てを賭けてもらう。
俺は勿論、自分の命だ。
冷静に考えれば、世の中を自由に出来るマキグチである。
俺の命に価値など感じてはいないだろう。
だが、俺の行動には価値はある筈だ。
こんな馬鹿な話をマキグチに持ち出す人間はいないからだ。
マキグチはニヤリと笑って快諾した。
俺はマキグチで遊んでやる。
俺はマキグチを連れ立って新宿の街を歩いた。
そして、ガチャガチャのある店の前で立ち止まる。
ガチャガチャってのは100円を入れてレバーを回すと
カプセルに入ったオモチャが出てくるアレだ。
最近は200円のが多く100円でやれるのが少ない。
賭けの内容はこうだ。
今から俺の偽100円を使ってガチャガチャをする。
全部で五種類あるオモチャのどれが出るか当てるゲームだ。
オモチャはラーメンキーホルダー
醤油
味噌
塩
豚骨
カレー
俺は醤油、マキグチは豚骨を選んだ。
俺は世界で最も価値のある100円を手放す。
しかも、たかがガキのオモチャにだ。
いい年をした男二人がガチャガチャをする姿からは、
これが、日本の運命さえも左右する勝負である事などわかるはずが無い。
こんな滑稽なことが世界を動かす。
だが、その行為にこそ価値と魅力がある。
俺はマキグチの生み出した偽100円の価値を、
なんてことはない100円の価値におとしめたのだ。
俺が決めたのだ。
マキグチも楽しんでいるようだ。
100円を入れてレバーをまわす。
「 ガチャッ… 」
数日がすぎた。
俺は今、世界に類を見ない家の建築を依頼していた。
必死にガムテープとダンボールに挑むその男はマキグチだ。
俺は日本を左右する男にダンボールハウスを作らせている。
俺は賭けに負けた。
しかしマキグチも負けたのだ。
あの時、レバーを回して出てきたモノ…
それは天丼キーホルダーだった。
業者の不備で混入していたらしい。
俺もマキグチも予測不能の制御できない不自由さを楽しんだ。
マキグチは俺にまた、あの権利を有するコインを渡したいと言ってきた。
「 スズキはつまらなかったんだよね 」
それはスズキが持っていた五十円だった。
スズキがどうなったかは考えるまでも無かった。
しかしそれは受けられない。
俺はもう一回マキグチをコケにしてやろうと思って願い出た。
それがこの家だ。
俺はまた、ただの浮浪者に戻った。
行き交う世間の人間が俺とこの家を馬鹿にしていく。
しかしかまわない。
この家には価値がある。
この家は神に作らせた家なのだ。
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