2005上半期あらすじAWARD
本文へジャンプ 2005.6 

 

●作者: 木鈴



タイトル : ひとつだけ



 夜魅(やみ)は遺伝子研究所で生を享けたが、組織の有力者の娘であるために、
 実験の素体として使われることなく、のびやかに育っていた。
 立ち入りを禁じられていた地下研究所へ忍び込んだ彼女は、
 一人の少年、光流(ひかる)と出会い友となる。
 ある日、研究所は軍の介入を受ける。
 軍は、研究者を次々と逮捕していき、実験体の子どもたちを保護していく。
 混乱する研究所の中、母親である女研究員、魁(かい)に連れられて光流のもとを訪れた夜魅は、
 光流を守るように命じられる。
 非常用通路を使って脱出し、鳴(めい)という名の女性の保護を受けるようにと
 彼女の写真を渡された二人は逃亡を図る。

 軍による執拗な追撃を避けながら逃げるうちに、
 傷を負って倒れた二人は青年医師、典(てん)に保護され入院する。
 目覚めた夜魅は、光流が迎えに来たという女性と共に去ったことを知ると、病院を脱走する。
 閉鎖された研究所を訪れた夜魅は、軍が研究所を制圧した目的が、
 実験体の確保と研究データの入手だったこと、魁が逮捕されたことを知る。
 魁が関わっていた研究内容について調査した夜魅は、光流が彼らにとって重要なサンプルであること、
 軍に兵器として目をつけられていることを危惧していたことを知る。
 何も知らずに、笑っていた己を恥じた夜魅は、消えた光流を探しだし守ることを決める。
 夜魅を迎えに来た青年医師、典は、夜魅の無謀な行動について呆れ、連れ戻そうとするが、
 夜魅の決意を知り、光流の行方を教える。

 
 典の案内で鳴の家を訪ねた夜魅を迎えたのは、光流だった。
 夜魅の来訪に狼狽を隠せぬ様子の光流は、夜魅へと告げる。
「今すぐ帰って、二度と、自分に会いにこないで欲しい」と、光流は憎悪のこもった視線を向ける。
「傍にいて、憎みたくない。
 自分の気持ちは、ごく普通に両親に生んでもらった少女にはわからない」と告げられ、
 夜魅の親が光流に与えた苦痛と、夜魅が傍にいることの苦痛を思い、
 光流に別れを告げると、光流の家を飛び出した。
 その瞬間、いまだ怪我の癒えぬ夜魅は、交通事故に遭いそうになる。
 悲鳴を聞きつけて飛び出した光流は、彼女を庇い重傷を負う。
 夜魅は、すぐ医者に見せることを主張するが、光流の叔母を名乗る鳴(めい)はひどく嫌がる。
 光流は夜魅に対して、自分が軽症であるかのように振舞い、帰宅させようとするが、
 無理が祟ったのか倒れてしまう。
 光流の身を案じた夜魅は、典に頼み込み、光流を診てもらう。
 典は意識を失った光流をすぐさま入院させた。
 夜魅は、入院した光流を毎日のように見舞う。
 鳴は夜魅の見舞いを断るが、夜魅は光流が意識を取り戻すまで傍にいさせてほしいと説得する。
 光流が目覚めたらすぐに自分は帰り、二度と現れないという夜魅の覚悟を知り、
 結局折れたのは、鳴だった。
 だが、長時間の手術に耐えた光流が目覚めたとき、少年は事故が原因か言葉を喪失していた。
 鳴は取り乱し、夜魅に二度と来ないようにと命じる。
 夜魅は少年に謝る言葉さえなく、二度と来ないと告げた。


 研究所内にいた実験体の子どもたち同様、里子に出された夜魅を引き取ったのは、
 時の有力者である尋(じん)だった。
 夜魅と光流の交流が断絶してから数年が経ったとき、夜魅は尋が隠していた新聞を発見する。
 新聞には、魁が監獄から脱獄したと記載されていた。
 母が脱走したという事実、尋がそれを隠していた事実を訝りながらも、
 光流を案じた夜魅は、家を抜け出すと、こっそり光流に会いに行く。
 杞憂に終わることを祈っていたのだが、光流の家は何者かに荒らされており、
 二人の行方を示す手がかりは何一つ残ってはいなかった。
 得るものはなく、夜魅が自宅へ戻ると、
 養父である尋(じん)は光流に会いに行ったのだろうと問いつめる。
 夜魅が肯定すると、尋は娘に、光流との関係について問いかける。
 夜魅が大切な友人であることを話すと、尋は複雑そうな顔を見せる。
 夜魅が、研究所で育てた人間関係を持ち越していることをよく思っていない尋は、
 光流を含む研究所についての全ての記憶を忘れるように忠告する。
 恩義ある養父の言葉だったが、夜魅にそれを受け入れることはできず、
 光流を探し続けることを宣言する。
 

 夜魅は独自に光流の行方を捜しはじめる。
 それを知った典は、共に友人を探すことを申し出る。
 夜魅は、光流らは軍によって連れさらわれたのではないか、
 あるいは彼らの手から逃れるために身を隠したのではないかと考える。
 光流は、研究所が望む結果を出した実験体なのだから。 
 夜魅は、光流の行方を捜しながら、軍が魁を見つけて逮捕するまでに、彼女を発見し、
 光流が置かれている状況と、光流を守れといった真意を突き止めることを決意する。 


 軍の捜査は進み、魁が捕まるのは時間の問題だった。
 そんな頃、夜魅と典は、魁と再会を果たす。
 なぜ光流を実験動物のように扱ったのか、
 なぜそんな光流を守れといったのかと問いかける夜魅に、魁は、語りはじめる。
 光流が、人型兵器の試作機として改良や調整がしやすいように、
 体組織の半分以上がナノマシンで補完された人造人間であり、
 今の彼が人間に害をなす、恐ろしいウィルスを保有する危険な兵器に改良されていることを。

 元々、兵器を作り出すための土壌に過ぎぬものとして作りだした光流に、
 人間の心を与え、人間にしたのは、夜魅だ。
 だから軍人の手にわたり、人間であることを失わないように、
 光流を守れといったのだと魁は語る。
 光流が兵器である事を知りながらも、これから先も光流を友と呼ぶ気持ちがあるのなら。 

 なぜ脱獄したのか、
 そもそもなぜ研究所は軍によって壊滅させられ逮捕されたのかと、魁に問いかける夜魅。
 魁は、光流たち実験体の利用法についてある人と対立しただけだと答え、
 脱走した理由についていは、
「あの人についていくことができなくなった、ただ昔を思い出して欲しいだけだった」
 とうなだれる。
 新たに知った事実に驚愕する夜魅。
 光流を、兵器と化した人物はだれだ。
 いったい、何の目的で光流をそのようなものにしたのだ。
 そして、光流が人造人間だと知り、彼を人間にしたという自分は、
 これから先どうしたらいいのだろうか。


 翌日、夜魅は、魁の死体を見つける。
 典は、近くで血に濡れたナイフを握り締めた光流の姿を発見する。
 光流に魁を殺したのかと問いかける夜魅。
 光流は、夜魅に問われたことに驚いた様子を見せるが、
 夜魅に自分を探していたことを聞かされると、
 諦めたように、夜魅と典を、鳴の元へと連れて行く。
 夜魅が、魁を殺した容疑者として光流を疑ったことは、
 再会した二人の仲に亀裂を生じさせる。


 光流を兵器と化した人物は何者かを考える夜魅は、ふと、恐ろしいことに気づく。
 もしも、魁が言うように、光流が人造人間であり、危険な生体兵器であるならば、
 彼を診た医者は、それに気づいたのではないか。
 それなのに、典がまったくそんなそぶりを見せず、
 光流を探そうとする夜魅に付き合う事を選んだ。
 その事実を夜魅は不審に思う。
 

 夜魅は自らの身を危険に晒して、真犯人をあぶりだそうとするが、
 逆に罠にはまり捕らえられてしまう。
 目を覚ました夜魅は、自分が生まれた研究所にいること、典が傍にいることに気づく。
 夜魅に動揺がないことを見て、典は、いつから自分を疑っていたのかと問いかける。
 夜魅は魁に会った時からだと答える。
 典は、年若い友人を初めて見たときから、
 光流が実験体であることを見抜いていたことを話し、
 逮捕を免れた研究所の職員と連絡を取り、光流を入院させ、
 実験体を完成させるために行動を起こしたことを話し始める。
 それが、夜魅が遭いそうになった交通事故だった。
 光流は典の思惑通りに動いて夜魅を守り、怪我を負って入院した。
 その光流と、少女の身の安全を保障する代わりの取引として、
 光流に改めて実験体となってもらったのだという。
 もともと実験動物として生を享けたのだから問題はないだろうと笑う典に、
 夜魅が魁の死について問いかける。
 すると、実験体に対して情を抱いたのか、光流を使って研究所の情報を外に漏らさせ、
 今度はわざわざ脱獄してまで、研究所の職員を逮捕させようとしたために粛清したと告げる。
 そして、光流を売り飛ばせば、一生安泰だと語る。
 

 その時、爆音が響きわたり、典が様子を見に行った隙を突いて、
 飛び込んできた光流は、夜魅と再会を果たす。
 光流は、夜魅を抱きしめると、少女の無事を喜び、
 自分より先に死んだら許さないと告げる。
 夜魅は光流と自分の元に確かな絆があることを理解したと同時に、
 光流がいつの間にか、言葉を取り戻していたことに対して驚く。
 光流は、そうでもしなければ、自分が夜魅を憎んでいると信じてもらえないと思ったと告げる。
 夜魅は呆れ果てた。
 爆音は続き、二人は訝りながらも、脱出するために、研究所内を走り回る。
 その際に、典の同僚と思われる男たちの襲撃を受ける。
 光流は応戦し、彼が兵器であることを垣間見せた。
 流れるような体術を用いて、男たちの攻撃をさばくと、
 光流に触れられた男たちは、みな、目を剥いて倒れた。
 それを見た夜魅は、光流が体内に持つというウィルスを注射したのだと思い、
 駆けながら問いかける。
 光流は夜魅が兵器であることを知っていたことを驚きつつも、爪の先にとりつけた刃を見せ、
 これに即効性の毒が塗ってあるんだと答える。
 ウィルスの話はある事情のために、捏造したデマだと語る。
 それを語る光流の表情に笑みがあることに、夜魅は驚く。
 毒を塗ってあるということは、男たちにとっては致命的ではないのか。
 それなのに、平然としている光流に違和感を抱いたのだ。 
 その視線に気づいた光流は、倒れた男を指す。
 男は、急に立ち上がると、夜魅を指差し、「巨大な蜘蛛がいる」と叫んだ。
 光流は、わずかな同情を見せ、あの人は蜘蛛が嫌いだったみたいだと呟いた。
 光流が持つ毒は、対象者が幼い頃、最も恐れたものの幻影を見せるというものであったが、
 その毒の効力は、数時間で霧散し、後遺症もないものだった。
 光流が倒した男たちが、蛙や蛇や死霊に脅えて騒ぎ立てるさまは、滑稽にすぎた。
 だが、戦力をそぐことには成功しているのだから、有効なのかもしれない。 
 夜魅は頭を抱える思いで、無理やり己を納得させた。
 いったい、誰が光流を兵器として改良したのだろうか。
 それまでとは全く異なる意味で、夜魅はその疑念を持った。


 ようやく出口をみつけた少年は、崩れ落ちようとする天井を見て、夜魅を突き飛ばす。
 光流が負傷したことに気づく夜魅。
 助け出そうとするが、光流は夜魅に先に脱出しておくことを望む。
 後からすぐに追うからと。
 夜魅にはそれを承知することはできず、少年に言う。
 自分より先に死んだら許さないからと。
 光流はそれを聞いて笑う。
 その笑顔は、誰よりも人間らしかった。
 炎は燃えさかり、煙が立ち込める。
 今にも崩れ落ちようとする中で、典と対峙する光流。
 夜魅は、光流に脱出するようにと叫ぶが、彼らは動かない。
 夜魅は、知らせを聞いて駆けつけたらしい軍人に強引に救出された。
 朝靄の中、燃え落ちた建物のそばで、愛するものを失い、泣き崩れる少女の姿があった。


 軍人に保護され、自宅へと戻った夜魅は憔悴しきり、抜け殻のようだった。
 尋は、そんな養女を労わるが、夜魅は何の感慨も抱くことはなかった。
 自分は光流も魁も典も失ったのだ。
 霞がかかったような思考で、ふと考える。
 甥を失った鳴は、あれから、どうしただろうか、と。
 そう考えていたとき、階下から怒声と凄まじい物音が響く。
「なぜ、典たちを殺したの」
 その金切り声は、鳴のものだった。
 夜魅は、弾かれたように立ち上がると、こっそりと、階下へ降りた。
「約束したはずよ。私が光流を兵器として完成させれば、夜魅にも典にも手を出さないと。
 なのに、あなたは、あの二人と姉さんまで殺させた」
 狼狽する尋に、鳴は物凄い勢いで詰め寄っていた。
「残念だったわね、私は生き延びた。全てを失った今、私を止めるものはないわ。
 もう、この国の未来なんてどうでもいいの」
 鳴は狂ったような笑い声をあげると、鳴と鳴の姉である魁、
 そして光流の言動を縛るための枷として、尋が、夜魅を養女にしたこと。
 夜魅と典を浚わせ、そこに光流が向かうように仕向け、彼を捕らえようとしたこと。
 光流を捕らえることを失敗すると、典の体内にしこんだ、声に出した言葉すべてを盗聴し、
 発信機の役目をも果たすマイクロチップを利用して、
 証拠隠滅のために研究所自体を爆破させたことを詰め寄る。

 夜魅が軍のトップである尋の元で、幸せを掴もうとしていると信じる光流は、
 夜魅の未来を思い、
 軍人に兵器として狙われ続ける自分の運命に巻き込みたくないと、
 自ら彼女を遠ざけることまでしたこと。
 姉が、監視の目をかいくぐって脱出し、尋を止めようとしたのに、
 何もできずに、死なせてしまったことを鳴は嘆く。
 鳴の言葉をきいて、くず折れる夜魅。
 鳴は、夜魅が生きていたことを喜ぶが、話を聞かれたことに対して戸惑う。
 夜魅は、養父が、光流を苦しめ続けた張本人であり、
 自分を人質としてひきとったことを知って愕然とする。

 夜魅が、研究所内で、典に語られた話をすると、鳴はその話を否定する。
 典は、マイクロチップを植えつけられたうえで、夜魅にそう話すように命じられたのだろう。
 典は何の関係もなかったのにと、泣き崩れる。

夜魅に真相を尋ねられ、鳴は改めて語りはじめる。
 鳴は実は光流の叔母ではなく、夜魅の叔母だった。
 そして、典は彼女の夫だった。
 夜魅と鳴とは研究所内で会ったことはなかったが、
 彼女もまた、元々は夜魅の母同様に、遺伝子研究所で働く研究員だった。
 研究所は本来、隣国との戦争の中で生み出された細菌兵器が原因で、
 先天的に遺伝子に欠陥を負い、早世する子どもたちを救う方法を探すために
 建てられたものだった。
 だが、いつしか、隣国との戦争で勝利するための生物兵器を開発するだけの
 場所となっていた。
 マスコミにその現状に関する情報が流れたために、
 軍は研究所を摘発せざるをえなくなった。
 だが、軍のトップであった尋は、夜魅を人質として養女とすることで、
 夜魅の母たちに密かに開発を続けさせ、
 夜魅の叔母である鳴に、光流を兵器へと変貌させていた。
 すべては、隣国との戦争に勝利し国に平安をもたらすために、尋がはじめたことだった。
 だが、鳴も魁もかつてはともかく、今の尋についていくことは苦痛でしかなかった。
 鳴たちの目的は子どもたちの遺伝子病の解決であって、
 隣国を滅ぼすことでも、子どもたちを兵器にすることもでもないのだから。
 それ故、鳴は研究所から離反し、独自に研究を続けようとしていた。
 遺伝病に苦しむ子どもたちを救うために。
 それを知った魁は、鳴に娘と光流を預けることを決め、尋を止めようとした。
 戦争を終わらせるために。尋の目を覚まさせるために。
 そして反逆者として逮捕され、脱走した後、暗殺されたのだ。

 真実を知った夜魅は、尋に掴みかかると、なぜ、魁を殺したのかと問いかける。
 魁が光流を兵器にするのを拒んだのは、
 娘である自分と光流との友情を知っていたからだ。
 母の望みは昔の尋に戻って欲しかっただけだったのに、なぜ魁を殺したのか。
 問われた尋は、自分は国を守ろうとしただけだったと答える。


 鳴と夜魅が呼んだ、尋の敵対勢力に位置する軍人が押し寄せ、尋は拘束された。
 それを見た夜魅は、連行されようとする尋を抱きしめると、
 すべてを失った自分を引き取り、
 支えてくれたことに対して感謝の意を述べた後、別れを告げる。

 静まり返った部屋の中で、叔母と姪は泣き崩れながら、それぞれの愛しいものの名を呼ぶ。
「愛してくれてるのは嬉しいけど、勝手に殺さないでくれる?」 
 背後からかかった声に、二人は飛び上がる。
 そこには、軍人の格好をした光流と典の姿があった。
「せっかく、死んだことにして身を潜め、機会を待っていたというのに、
 鳴の無茶さには呆れる。何かあったらどうするつもりだ」 
 典は、凄まじい勢いで鳴につめよる。
 なぜ生きているのと叫んだ鳴は、ふと口を噤む。
「そういえば、遺体の確認をするのを忘れていたわ」
 それを聞き、脱力する典と、爆笑する光流。
 夜魅は、光流に飛びつくようにして抱きしめた。
「約束は守ったよ」
 光流はにっこりと微笑んだ。  

 
 叔母に師事し、研究を引き継いだ夜魅の部屋には、
 魁と尋と手をつないだ幼女の写真がひっそりと飾られていた。

                    (了)



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