
――創作とは「判断を引き受ける主体」が行う、最後の人間的行為である
AIが文章を書く時代になった。
速い。
整っている。
それっぽい。
その便利さの前で、多くの創作者が迷っている。
だが、最初に言い切る。
AIは、代筆機ではない。
そして、
代筆機として使った瞬間、創作は死ぬ。
📓 AIが奪うのは「仕事」ではない。「判断」だ。
AIは文章を書く。
アイデアも出す。
構成も整える。
だが、AIが本当に奪うのは、労力ではない。
判断の機会だ。
- 何を問題とするか
- どこを切り捨てるか
- 何を正義と呼ぶか
- 誰の痛みを描くか
これらは技術ではない。
生き方の選択である。
判断をAIに委ねた瞬間、
物語は「無難」になり、
同時に「誰の人生でもないもの」になる。
📓創作の生命は「判断の痕跡」に宿る
物語に生命があるかどうかは、
文体や構成では決まらない。
決めるのは、ただ一つ。
どこで、誰が、何を引き受けて判断したか
- このテーマを書くと決めた
- この主人公を救わないと決めた
- この結末を選ぶと決めた
その痕跡が、物語の心臓になる。
AIが書いた「正しい文章」には、
この痕跡が存在しない。
だから、きれいで、空虚だ。
📓AIは「思考の外注先」ではない
AIを使う最大の誘惑は、ここにある。
考えなくていい
迷わなくていい
正解っぽいものが出てくる
だが、それは創作における堕落だ。
思考を外注し、
判断を放棄し、
責任を希釈する。
それは、あなた自身が
創作者であることを放棄する行為に他ならない。
📓 AIの正しい位置づけは「構造思考の拡張器」である
では、AIは何のために使うのか。
答えは明確だ。
判断の代わりではなく、
判断の精度を上げるために使え。
- 構造を洗い出す
- 仮説を増やす
- 自分の思考の偏りを暴く
- 認識の盲点を可視化する
AIは、
思考の射程と密度を拡張する補助知性である。
ハンドルを握るのは、常に人間だ。
📓 AIに絶対に渡してはいけない領域
創作者が、AIに渡してはいけないものがある。
それは、
- テーマの選択
- 価値判断
- 問題意識
- 誰の人生を肯定するかという決断
ここは「効率化」してはいけない。
なぜなら、ここが創作の倫理そのものだからだ。
この領域をAIに渡した瞬間、
あなたの物語は
「生成物」になる。
📓 AI時代に、創作者は消えない。選別される。
AIによって、
文章を書く人は増える。
だが同時に、
判断を引き受けない人は、創作者から脱落する。
AIは問いを出せる。
だが、問いを引き受けることはできない。
AIは選択肢を並べられる。
だが、選ぶ責任は取れない。
だから、
創作者は不要にならない。
むしろ、
これまで以上に“誰が書いたか”が問われる。
📓 もう、あなたの立場は決まっている
あなたはもう、選んでいる。
- 判断を手放す側か
- 判断を引き受ける側か
AIは、代筆機ではない。
AIは、思考放棄の免罪符でもない。
創作とは、判断を引き受ける人間だけが行える行為である。
AIは、その行為を拡張するために使え。
決して、代わりにさせるな。
――それが、AI時代に創作者であり続ける唯一の条件だ。
