ジャンルとは、感情ではない。「脳の使わせ方」である

――ジャンルは、読者の認識をどう誤作動させるかの設計宣言だ

ジャンルを、感情の名前だと思っている限り、
物語は一段も深くならない。

ホラーは怖がらせる話。
恋愛はときめく話。
SFは設定が難しい話。

その理解は、致命的に浅い

ジャンルとは、
感情を与えるためのラベルではない。
人間の脳を、どのモードで誤作動させるかを指定する設計思想である。

📔感情は「目的」ではない。結果である。

まず、はっきりさせておく。

ジャンルは感情を否定しない。
むしろ、感情を確実に発生させるための構造だ。

だが感情そのものを狙い始めた瞬間、
物語は表層模倣に落ちる。

本当に設計すべきなのは、

  • どの前提を疑わせるか
  • どの認知機能を酷使させるか
  • どの世界理解を不安定にするか

その結果として、
恐怖・ときめき・驚異・感動が発生する。

感情は副産物だ。
設計対象は、認知である。

📔 ホラーは「恐怖」を与えるジャンルではない

ホラーの本質は、恐怖演出ではない。

ホラーが破壊するのは、
安全認知だ。

  • 世界は予測できる
  • 理解不能なものは存在しない
  • 日常は信頼できる


この前提が崩れたとき、
脳は異常モードに切り替わる。

だから怖い。

幽霊が出るからではない。
音が大きいからでもない。

世界理解の前提が破壊されるから、恐怖が生まれる

ホラーとは、
安全に世界を理解していた脳を、
不安定な認知状態へ強制移行させるジャンルである。

📔 恋愛は「ときめき」を与えるジャンルではない

恋愛の核心は、快楽ではない。

恋愛が揺さぶるのは、
他者理解という脳機能の脆さだ。

  • 相手の言葉は本心か
  • この沈黙は拒絶か、期待か
  • 自分は理解されているのか

恋愛物語は、
「他者を理解できている」という思い込みを、徹底的に破壊する。

だから、
誤解が生まれ、
すれ違いが膨らみ、
感情が暴走する。

恋愛とは、
他者理解が常に誤読である可能性を突きつけるジャンルである。

📔SFは「設定が難しいジャンル」ではない

SFは、知識披露の場ではない。
設定の博覧会でもない。

SFの本質は、
世界モデルの更新だ。

  • この前提が変わったら?
  • この技術が常識だったら?
  • 人間の定義はどこまで拡張される?

SFは、
「今の世界理解は唯一ではない」
という認識を、読者の脳に強制的にインストールする。

SFとは、
思考OSを書き換えるための書式である。

📔 ジャンルとは「認知負荷の設計」である

ジャンルとは、

  • どの認知前提を壊すか
  • どの思考回路を酷使させるか
  • どの理解モデルを崩壊させるか

を宣言する、認知負荷の設計図だ。

ジャンルを混ぜるとは、
感情を混ぜることではない。

異なる認知モードを同時に走らせることだ。

だから失敗すると破綻するし、
成功すると強烈な認識更新が起きる。

📔 ジャンルを誤認すると、物語は「嘘」になる

ジャンルを感情ラベルとして扱うと、

  • ホラーなのに安全
  • 恋愛なのに他者理解が浅い
  • SFなのに世界が変わらない

という、ジャンル詐欺が起きる。

読者は感情ではなく、
「世界の見え方」が裏切られたと感じる。

これは、物語として致命的だ。

📔 あなたは、どの脳を壊すのか

ジャンルを選ぶとは、

  • どの前提を壊すか
  • どの認知を不安定にするか
  • 読者の世界理解を、どこで更新するか

を選ぶことだ。

ジャンルを装飾として使うのか。
それとも、認知設計として引き受けるのか。

物語とは、
感情を売る商品ではない。
認識を更新する体験装置である。

ジャンルとは、
その最初の設計宣言だ。

――これが、ジャンルの正体である。