小説や映画を見ていて、思いがけず涙がこぼれたことはありませんか? 登場人物が死んだわけでも、悲惨な事件が起きたわけでもない。それなのに、ほんの一言の台詞で胸がいっぱいになってしまう。いったい、なぜでしょう?

「認識の反転」と「感情の深化」を生み出すXYAB構文
こんにちは、ぴこ山ぴこ蔵(PIKOZO)です。ストーリー・デザイナーとして、面白い物語の構造を再現する方法を研究しています。あなたのオリジナルストーリーからプロフィールにまで応用できる最新の研究成果を発表していきます。
ストーリーテリングとは、人の心を動かすための技術です。
その構造を理解すれば、いつでも聞き手の感情を揺さぶることができます。
実は、人を感動させるために、必ずしも悲しい出来事を描く必要はありません。
人は、出来事そのものよりも、その出来事の「意味」が変わる瞬間に心を動かされるのです。
今回は、私が研究してきた「XYAB構文」を使って、読者の感情を動かす物語の仕組みを解説してみたいと思います。
まずは、箇条書きのあらすじをひとつ読んでみてください。
📖祖父とキーホルダー
- 誕生日にプレゼントをくれなかったので、結衣は祖父と口をきかないことにした。
- ある日、物を届けに祖父の家を訪れた結衣は、庭先に佇んでいた祖父に鍵を渡された。
- 黙って受け取り玄関の鍵穴に差し込むが、壊れていた。
- キーホルダーに数字が書いてあり、もしやと辺りを探すと、隅っこに暗証番号用の数字盤があった。
- 祖父が恥ずかしそうに言った。
- 「鍵を暗証番号に変えたが数字を忘れる。結衣の誕生日はまだか?」
- 結衣は涙をこぼした。
いかがでしょうか。
わずか200文字足らずの物語です。
大事件は起きません。登場人物も祖父と孫の二人だけ。舞台はありふれた家の玄関です。
それでも、最後の祖父の台詞によって、冒頭の出来事が違って見えてきませんか?
プレゼントをくれなかった祖父は、冷たい人だったのでしょうか。
どうやら、そうではなかったのかもしれません。
祖父は暗証番号さえ忘れてしまいます。それでも孫の誕生日を気にかけている。
結衣は祖父の事情を知り、それまでの自分の態度を振り返ったのでしょう。
そこに、切なさや後悔、そして慈しみが生まれます。
もちろん、この短い物語だけで祖父の病状や本心がすべてわかるわけではありません。
しかし、読者の心を動かすための構造は、すでに組み込まれています。
それを解き明かしてみましょう。
📕どんでん返しは、まず「常識」を利用する
この物語の出発点は、実はとても単純な発想でした。
「扉を開けるのに必要なのは、鍵だと思ったらキーホルダーだった」
ただ、それだけです。
鍵とキーホルダーは、普通、二つで一組になっています。
鍵は扉を開けるための道具。キーホルダーは鍵を持ち歩きやすくするための付属品。
いわば、主役と脇役の関係です。
誰だって、扉を開けるのは鍵の仕事だと思っています。キーホルダーが鍵の代わりになるなんて考えません。
そこで、この常識をひっくり返します。
本来なら脇役のはずのキーホルダーが、主役の鍵に代わって扉を開ける役割を担うのです。
正確には、キーホルダーに書かれた数字を使って解錠します。
面白いのは、鍵もキーホルダーも、もともと読者の目の前にあることです。
新しい道具が突然登場するわけではありません。
最初から存在していたものの役割が、あとになって逆転する。
これが、どんでん返しを生み出す基本的な仕掛けです。
📕 XYAB構文とは何か?
私は、このような発想を整理するために「XYAB構文」という形式を使っています。
基本形は、次のとおりです。
「XをYするのに必要なのは、Aだと思ったらBだった」
それぞれの文字には役割があります。
- X:主人公が目的とする対象
- Y:その対象に対して行う行為
- A:最初は正しいと思っていた手段や認識
- B:新たな発見によって明らかになる手段や認識
『祖父とキーホルダー』なら、Xは「祖父の家の扉」、Yは「開ける」、Aは「鍵」、Bは「キーホルダーに書かれた暗証番号」です。
つまり、
「祖父の家の扉を開けるのに必要なのは、鍵だと思ったら、実はキーホルダーに書かれた暗証番号だった」
となります。
AからBへ認識が変わった瞬間、読者は意外性を感じます。
これが「認識の反転」です。
ただし、ここでひとつ問題があります。
この仕掛けだけでは、読者は驚くかもしれませんが、感動するとは限らないのです。
「へえ、そうだったのか」
それで終わってしまいます。
では、この小さなどんでん返しを、どうすれば人の心を揺さぶる物語に変えられるのでしょうか?
📕 感動の秘密は、もうひとつのXYABにある
ここが今回、最もお伝えしたいところです。
『祖父とキーホルダー』には、実は二つのXYAB構文が仕込まれています。
一つ目は、先ほど説明した「扉の開け方」に関するものです。
これは目に見える出来事の反転です。
そして二つ目は、「祖父への理解」に関するものです。
こちらもXYABで考えてみましょう。
Xは「祖父がプレゼントをくれなかった理由」。
Yは「理解する」。
Aは「自分に無関心だから」。
Bは「忘れてしまう事情があったのかもしれない」。
つまり、
「祖父がプレゼントをくれなかった理由は、自分に無関心だからだと思っていたら、実は忘れてしまう事情があったのかもしれない」
という認識の変化です。
こちらのAは、主人公の態度から読者が推測する思い込みです。Bも断定された真実ではなく、新たな事実から導かれる理解です。
しかし、だからこそ人間らしい感情が生まれます。
祖父は冷たかったのではないかもしれない。
むしろ、大切な孫の誕生日を気にかけていたのではないか。
そう考えた瞬間、結衣の不満は後悔へと変わり、祖父への気持ちは慈しみへと変化します。
これが「感情の深化」です。
一つ目のXYABが事実の見方を変え、二つ目のXYABが人間関係の意味を変える。
この二つが連動することで、単なる意外性が、感動へと発展するのです。
📕 感情の深化とは、悲しみを大きくすることではない
ここは誤解しやすいところなのでご注意ください!
感情を深めるというと、悲しい出来事をさらに悲しく描いたり、不幸を重ねたりすることだと思われがちです。
しかし、感情の深化とは、感情の量を増やすことではありません。
それまで抱いていた感情が、新しい理解によって別の質の感情へと変わることです。
怒りが後悔に、嫌悪が共感に、憎しみは愛情へと変わるのであります。
あるいは、何でもないと思っていた日常が、かけがえのない幸福に見えてくる。
こうした変化が、読者の心に深い余韻を残します。
『祖父とキーホルダー』の場合、その中心には「忘却」があります。
人は年齢を重ねるにつれて、少しずつ記憶を失っていくことがあります。
大切にしていたことを忘れ、当たり前にできていたことができなくなる。
それでも、大切な人を思う気持ちまで消えたとは限りません。
ここには、誰もがいつか向き合うかもしれない人生の喪失が表現されています。
そして同時に、もうひとつの意味が浮かび上がります。
「だからこそ、一緒にいられる今が大切なのだ」
私は、このように物語の奥から浮かび上がってくる人間的な意味を「H」と呼んでいます。
それが読者の人生経験や価値観と結びついたとき、切なさや慈しみといった感情、すなわち「E」が生まれる可能性があります。
PIKOZO METHODでは、この関係をA→B→H→Eという流れで捉えます。
AからBへの認識の変化が、人間的な意味Hを明らかにし、その意味が読者感情Eへとつながるのです。
📕冒頭の出来事が、結末で別の意味を持つ
感動を生む物語には、もうひとつ重要な特徴があります。
それは、結末を知ることによって、冒頭の出来事まで違って見えることです。
『祖父とキーホルダー』の冒頭で、結衣はプレゼントをくれなかった祖父に腹を立てています。
最初は、祖父の態度に問題があるように見えます。
ところが結末で、祖父が物忘れに困っているとわかります。
すると、プレゼントがなかったことの意味も変わります。
これは、あとから得た情報が、過去の出来事を照らし直す現象です。
私はこれを「逆照射」と呼んでいます。
優れたどんでん返しは、結末だけを意外にするのではありません。
結末によって、物語の最初から最後までの意味を変えてしまうのです。
読者が「ああ、そういうことだったのか」と気づいた瞬間、これまで読んできた場面が一斉に新しい意味を持ち始めます。
それが感情を大きく動かすきっかけになります。
📕感動する物語は、感情から逆算して作る
それでは、こうした物語を実際に作るには、どうすればいいのでしょうか。
私がおすすめするのは、最初に「読者にどんな感情を味わってもらいたいか」を決める方法です。
たとえば「悲しみと慈しみ」を伝えたいとします。
そこから逆算して考えます。
人はどんなとき、誰かを慈しむのでしょうか。
大切な人が、失われていく何かに必死で抵抗している姿を知ったときかもしれません。
では、何を失っているのでしょう。
記憶です。
その人物が、忘れないために必死で工夫していたとしたら?
暗証番号をキーホルダーに書いておいたのかもしれません。
なぜ暗証番号が必要だったのでしょう。
長年使っていた鍵穴が壊れ、数字で開ける仕組みに変更したからです。
では、なぜ鍵まで持っているのでしょう。
昔からの習慣で、つい持ち歩いてしまうからです。
こうして、感情を伝えるために必要な事実を、一つずつ組み立てていきます。
重要なのは、悲しい設定を無理に追加することではありません。
主人公が発見する事実そのものに、人間的な意味を持たせることです。
そして、その発見を最も効果的に伝えるために、XYAB構文を利用するのです。
📕主人公の最後の行動が、感動を完成させる
もうひとつ、作品をさらに強くする方法があります。
それは、認識が変わった主人公に、新しい行動を選ばせることです。
『祖父とキーホルダー』では、結衣は最後に涙をこぼします。
この終わり方にも、短い物語ならではの余韻があると思います。
ただ、主人公の変化をもっと明確に描きたいなら、もう一歩先まで書いてもいいかもしれません。
たとえば、祖父と口をきかなかった結衣が、自分から声をかける。
あるいは、祖父の手を取って、一緒に家へ入る。
こうした行動は、単なる涙以上に、主人公の内面の変化を伝えることがあります。
なぜなら、最初は祖父を拒んでいた結衣が、最後には祖父と向き合うことを自分で選んだからです。
感情の変化が、行動の変化として表れたわけです。
もっとも、何でも行動で説明すればよいというものではありません。涙だけで終える静かな余韻にも価値があります。
私なら、ともするとべたつきがちになる「言わずもがな」の描写を避けて、読者に「この子はなぜ泣いたんだろう?」と一瞬考えてもらうような書き方をするでしょう。
どちらが効果的かは、読んで欲しい読者層の好む表現スタイルや、作品が目指す読後感によって選べばOKだと思います。
📕 感動は、読者の心の中で完成する
最後に、今回の話をまとめておきます。
人の感情を動かす物語には、二つの変化があります。
一つは、主人公や読者が信じていた事実が覆される「認識の反転」。
もう一つは、その発見によって人物や人間関係の意味が変わる「感情の深化」です。
この二つを結びつけるために、XYAB構文が役立ちます。
まず表面的な目的についてAからBへの反転を作り、その発見が、主人公の大切な人や価値観についての別のAからBへの変化を引き起こすように設計します。
そして、その変化から人間的な意味Hが立ち上がり、読者の感情Eへとつながっていく。
これが、PIKOZO METHODが考える感情設計の基本です。
ただし、仕掛けを作れば必ず読者が泣くわけではありません。
読者が何に心を動かされるかは、その人自身の人生経験にも左右されるからです。
だからこそ、物語に必要なのは、涙を強制する演出ではなく、人間の本質に触れる発見なのだと思います。
人は、悲しい出来事を読んだから泣くのではありません。
それまで見えていなかった大切な意味に気づいたとき、心を動かされるのです。
そして、その「気づき」を意図的に設計するための道具が、XYAB構文なのです。
さて、この物語をもう少し面白くしてみましょう。
ここまで、わずか200文字足らずの『祖父とキーホルダー』を材料に、人の心を動かす物語の仕組みを解説してきました。
しかし、仕組みがわかったからといって、すぐに感動的な物語が書けるわけではありません。
物語づくりの面白さは、むしろここからです。
同じ登場人物、同じ出来事でも、台詞をひとつ変えたり、小道具を加えたりするだけで、読者が受け取る印象は大きく変わります。
では、何を足して、何を削ればいいのでしょうか。
ここからは、ちょっとした物語づくりの実験室です。
まず短いあらすじを読み物らしく整え、次に祖父の愛情をもっとわかりやすく伝える工夫をしてみます。そして最後に、あえて余分なものを削り、たったひとつの小道具に二つの意味を持たせることに挑戦します。
完成した物語だけでなく、試行錯誤の過程もお見せしましょう。
物語は、どこを変えると、どのように面白くなるのか。
その違いを、一緒に楽しんでいただければと思います。
ひとつの物語は、どこまで面白くなるのか?
1. 200文字のあらすじを、小説にしてみる
さて、ここからは実験です。
先ほどの『祖父とキーホルダー』は、わずか200文字足らずの箇条書きでした。
物語の仕組みを説明するには十分ですが、小説として読むには、もう少し登場人物の動きや会話が欲しいところです。
そこで、まずは原案の仕掛けを変えずに、短い読み物にしてみましょう。
『祖父とキーホルダー』第1稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家へ届け物に行くと、祖父が庭先に立っていた。
「悪いが、先に家に入っててくれ」
祖父から鍵を渡された結衣は、黙って玄関へ向かった。
ところが、鍵を差し込もうとしても、鍵穴が壊れている。
ふと見ると、鍵についているキーホルダーに、四桁の数字が書かれていた。
玄関の脇を探すと、小さな数字盤が取り付けられている。
「鍵が壊れたんで、暗証番号に変えたんだ」
いつの間にか後ろに来ていた祖父が、照れくさそうに笑った。
「だけど、番号をすぐ忘れちまう。だから、ここに書いておいたんだ」
祖父はキーホルダーを指さし、それから、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、結衣の誕生日は、もう過ぎたか?」
結衣はキーホルダーを握りしめたまま、涙をこぼした。
いかがでしょう。
箇条書きに比べると、祖父と孫の関係が少し身近になったのではないでしょうか。
結衣は、プレゼントをくれなかった祖父を冷たい人だと思っています。
ところが、祖父は暗証番号を忘れてしまうほど物忘れが進んでいるらしい。
もしかすると、誕生日のプレゼントをくれなかったのも、結衣への愛情がなくなったからではなく、単に忘れてしまっただけなのかもしれません。
そう気づいた結衣が涙をこぼす。
この流れで、ひとまず小さな物語にはなりました。
しかし、ちょっと気になることがあります。
祖父が結衣を大切に思っているという証拠は、どこにあるのでしょう?
確かに祖父は物忘れがひどくなっています。でも、それは誕生日を忘れた理由の説明にはなっても、孫への愛情を証明するものではありません。
結衣が祖父を責めていたことを後悔する気持ちは伝わります。
けれども、もう一歩踏み込んで、忘れられていく記憶と、忘れられない愛情を描くことはできないでしょうか。
2.プレゼントを登場させたら、どうなる?
そこで、ひとつ小道具を加えてみることにしました。
誕生日のプレゼントです。
祖父は結衣の誕生日を忘れていた。しかし、実はプレゼントを用意していた。
この設定なら、祖父が孫を思う気持ちが、もっとはっきりと伝わるはずです。
さて、どうなるでしょう。
『祖父とキーホルダー』第2稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家へ届け物に行くと、祖父が庭先に立っていた。
「おお、結衣か。ちょうどよかった」
祖父はポケットから鍵を取り出した。
「悪いが、先に家に入っててくれ」
結衣は黙って鍵を受け取り、玄関へ向かった。
ところが、鍵を差し込もうとしても、鍵穴が壊れている。
ふと見ると、鍵についているキーホルダーに四桁の数字が書かれていた。
玄関の脇を探すと、小さな数字盤が取り付けられている。
「鍵が壊れたんで、暗証番号に変えたんだ」
いつの間にか後ろに来ていた祖父が、照れくさそうに笑った。
「だけど、番号をすぐ忘れちまう。だから、ここに書いておいたんだ」
結衣が数字盤に番号を打ち込むと、カチリと音がして扉が開いた。
玄関には、小さな紙袋が置かれていた。
かわいらしいリボンが結ばれ、持ち手には「ゆいへ」と書かれた札がついている。
祖父は紙袋を見つめ、困ったように首をかしげた。
「それ、いつ渡すんだったかな」
そして結衣に尋ねた。
「そういえば、おまえの誕生日は、もう過ぎたか?」
結衣は紙袋を胸に抱き、うつむいた。
「……うん。でも、ありがとう」
祖父が不思議そうに笑った。
結衣は涙をこぼした。
どうでしょうか。
先ほどより、祖父の気持ちがはっきり伝わるようになりました。
プレゼントを渡す日を忘れてしまっても、結衣を喜ばせようとしていたことはわかります。
ここで初めて、祖父の物忘れは、単に気の毒な事情というだけでなく、大切な人への愛情と結びつくのです。
しかも、結衣は冒頭で祖父と口をきかないと決めていたのに、最後には自分から「ありがとう」と声をかけています。
主人公の心の変化も、最初よりわかりやすくなりました。
なるほど。これなら感動してもらえるかもしれません。
……でも、私はここで、また少し考え込んでしまいました。
この紙袋、本当に必要なのでしょうか?
確かに、プレゼントが登場したことで祖父の愛情は伝わりやすくなりました。
ところが、物語の仕掛けは少々複雑になっています。
一つ目の発見は、鍵ではなくキーホルダーに書かれた数字で扉が開くこと。
二つ目の発見は、祖父が結衣のプレゼントを用意していたこと。
つまり、読者は二回、別々の発見をするわけです。
もちろん、これはこれで立派な物語です。
でも、もし、この二つの発見をひとつにまとめられたら?
たったひとつの発見が、扉の開け方だけでなく、祖父の愛情まで教えてくれる。
そんな物語にできないでしょうか。
3.もっと少ない道具で、もっと深く感動させる
そこで、せっかく登場させた紙袋を、思い切って削除することにしました。
代わりに注目したのは、最初から物語に登場していたキーホルダーです。
このキーホルダーに書かれた数字を、単なる暗証番号で終わらせない方法はないでしょうか。
いくつか考えてみました。
例えば、キーホルダーそのものが、幼い結衣から祖父へのプレゼントだったら?
古くなっても捨てずに持ち続けていたことが、祖父の愛情を示すかもしれません。
あるいは、キーホルダーに書かれた数字が、幼い結衣の手書き文字だったら?
大切な思い出が、ずっと祖父の暮らしを支えていたという物語になります。
どちらも悪くありません。
しかし、もっと単純な方法がありました。
暗証番号そのものを、結衣の誕生日にすればいいのです。
祖父は、まだ記憶が確かだったころ、玄関の暗証番号に結衣の誕生日を選んだ。
それは祖父にとって、絶対に忘れないと思えるほど大切な数字だったのでしょう。
ところが、年齢を重ね、やがてその数字さえ忘れてしまうようになった。
そこで、キーホルダーに書いておくことにしたのです。
しかも、何度も忘れてしまうので、そのたびに書き直していたとしたら?
これは、なかなか切ない光景です。
誕生日を忘れてしまう祖父。
しかし、キーホルダーには、その誕生日の数字が何度も書き直されている。
忘れてしまうことと、忘れたくないこと。
その両方が、ひとつの小さなキーホルダーに残されているのです。
これなら、もう紙袋は必要ありません。
さて、もう一度書き直してみましょう。
『祖父とキーホルダー』第3稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家を訪ねると、祖父が庭先に立っていた。
「悪いが、先に入っててくれ」
祖父から渡された鍵を、結衣は黙って受け取った。
ところが、玄関の鍵穴は壊れていた。
ふと見ると、キーホルダーに四桁の数字が書かれている。何度も書き直したらしく、数字が重なっていた。
玄関の脇に小さな数字盤を見つけ、結衣はその番号を打ち込んだ。
カチリと音がして扉が開いた。
「昔、鍵が壊れたときにな」
祖父が照れくさそうに笑った。
「絶対に忘れない数字にしたんだ。だけど最近は、それも忘れちまう」
結衣はもう一度、キーホルダーを見た。
数字は、結衣の誕生日だった。
「なあ、結衣」
祖父が尋ねた。
「おまえの誕生日、もう過ぎたか?」
結衣は、何度も書き直された数字を指でなぞった。
「……うん」
それから、小さな声で言った。
「おじいちゃん、ありがとう」
4.たったひとつの数字に、三つの物語が隠れている
さあ、いかがでしょう。
私は、こちらのほうが物語として面白いと思います。
なぜなら、キーホルダーに書かれた四桁の数字が、三つの意味を持つようになったからです。
一つ目は、扉を開けるための暗証番号。
これは、物語の中で実際に役立つ数字です。
二つ目は、祖父が大切にしていた孫の誕生日。
この数字が結衣の誕生日だったとわかった瞬間、それまで祖父の無関心を疑っていた結衣の気持ちは変わります。
そして三つ目は、失われつつある記憶の痕跡。
祖父は大切な日を忘れないように、何度も数字を書き直していました。
この数字から、結衣は何を感じるでしょうか。
誕生日を忘れられたことへの怒りでしょうか。
それとも、忘れまいとしていた祖父への愛情でしょうか。
あるいは、自分が当たり前だと思っていた祖父との時間が、少しずつ失われていくことへの悲しみでしょうか。
結衣の心の中では、おそらくいくつもの感情が重なっているはずです。
ここが重要です。
祖父は「おまえのことが大切なんだ」とは一言も言っていません。
結衣も、祖父の事情をすべて理解したわけではありません。
けれども、何度も書き直された数字を見れば、読者はそこに祖父の姿を想像することができます。
忘れてしまった。
だから、また書き直す。
それでも、また忘れてしまう。
その繰り返しです。
大切な記憶を失っていく人が、それでも何かを残そうとしていた。
物語の感動は、こうした事実を読者自身が発見したときに生まれるのではないでしょうか。
そして、ここで最初に説明したXYAB構文の面白さが発揮されます。
「扉を開けるのに必要なのは、鍵だと思ったらキーホルダーだった」
これが最初のどんでん返しでした。
ところが、そのキーホルダーに書かれた数字を知ることで、もう一つの思い込みも覆されます。
「祖父は自分の誕生日など気にしていないと思ったら、忘れないようにしていた」
二つの発見が、一つの数字でつながったわけです。
私は、このように、ひとつの発見が複数の意味を変えてしまう構造に、物語ならではの美しさを感じます。
5.最後の「ありがとう」は必要だろうか?
さて、ここまで書き直してきましたが、まだ迷っていることがあります。
最後の結衣の台詞です。
「おじいちゃん、ありがとう」
この台詞を残せば、それまで祖父と口をきかなかった結衣の変化がはっきり伝わります。
しかし、この台詞を削除して、
「結衣は、何度も書き直された数字を指でなぞった」
で終わらせたらどうでしょう。
祖父への理解や感情の変化を、読者自身に想像してもらうことができます。
あるいは、最初の原案のように、涙をこぼすだけで終わらせてもいいでしょう。
どれが正解というわけではありません。
物語の結末で、どこまで読者に説明するのか。
どこから先を、読者の想像に委ねるのか。
その選択によっても、作品の印象は大きく変わります。
私はどちらかといえば、読者にほんの少し考えてもらえる余白を残すほうが好きです。
登場人物の感情をすべて説明してしまうと、読者がその感情を自分のものとして発見する楽しみまで奪ってしまうことがあるからです。
ただ、明確に感情を伝える結末にも価値があります。
大切なのは、どの表現が正しいかではなく、読者に何を感じてほしいのかを考えて選ぶことなのでしょう。
6.物語は、日常の中に隠れている
こうして振り返ってみると、今回の物語に登場したのは、ごくありふれたものばかりです。
鍵、キーホルダー、四桁の数字。
そして、祖父と孫の短い会話。
大きな事件も起きません。特別な能力を持つ人物も登場しません。
それでも、そこに小さな発見を仕込むことで、人の心を動かす物語をつくることができました。
しかも、最初のあらすじから、登場人物も舞台も、ほとんど変えていません。
変えたのは、読者が何を発見し、その発見にどんな意味を感じるかという部分です。
これは、私が物語づくりで最も面白いと感じているところでもあります。
何か珍しい出来事を探さなくても、特別な世界を考え出さなくても、物語の種は身の回りにたくさん転がっています。
例えば、古くなっても捨てられない小物。
引き出しの奥にしまわれた手紙。
何年も同じ場所に置かれている写真。
誰かにとっては何の変哲もない品物が、別の誰かにとっては、かけがえのない記憶につながっているのかもしれません。
そして、その意味が明らかになった瞬間、私たちには、それまでとは違う景色が見えてきます。
物語をつくるというのは、何もないところから嘘を考え出すことだけではありません。
目の前にあるものに、まだ気づいていなかった意味を発見することでもあるのです。
そう考えると、いつもの暮らしが少し面白くなってきませんか。
さて、最後にひとつだけ。
あなたなら『祖父とキーホルダー』の結末を、どのように書くでしょうか。
結衣に「ありがとう」と言わせますか。
それとも、黙って数字をなぞるところで終わらせますか。
そんな小さな選択からも、あなただけの物語が始まるはずです。
